運命の枷が外れる
地下への扉を開く。
ここが古の教会ならば、そこにはここで活動していた者たちのための居住区。もしくは一時的に死者を置き、清めるための空間があるはずだった。
錆に錆びた扉はサエンザにも重く感じられた。
これから戦うべき相手がそこにいることが、重量以上に重いのだ。
足を踏み入れると、上層部と同じだけの広さの空間が広がっていた。地下にある祭壇を見れば、弔いの場だということが分かるだろう。
その古き祭壇の前に一人の男が跪いている。短い金の髪は兄と同一視されることを嫌ったもの。…サカルスだ。
「サカルス…」
サエンザは勇気に不足しない男だったが、これほど声を出すのに気力を込めたことはない。それでも絞り出せた声は囁きのようだった。
サカルスはゆっくりとした動作で、立ち上がり兄へと向き直った。
なんと言葉をかけるべきか…そう思っていたが、口にできたのは共通の話題だけだった。
「父上は?」
「そこの隅で震えているのがそうだよ。兄さん。だけど、そんなことを話にきたわけじゃあないだろう?」
今や兄弟の立場は逆転したように見えた。
弟は煩悶を振り切って、背筋を伸ばしている。氷でできた炎のように、矛盾を併せのむ気力をサカルスは追い詰められることで獲得したのだ。
言葉にサエンザが視界の端を見やると、父と思しき男が怯える子供のように縮こまっていた。そうしていればあらゆることから逃げれると信じているように。
最初は逆だった。父が暴走し、弟が引きずられる形であった。
だが今や最初の気力が抜け落ちた父サトゥールは処刑を待つ罪人のように怯えている。そして、弟サカルスは決死の覚悟を固めていた。
「…どうして、もっと権力を使わなかったんだい?そうすれば神殿と結んだお前たちが勝ったかもしれない」
「そうだろうね。父もそのつもりだったんだろう。でも…俺は気付いたんだ兄さん。そんな方法で成功しても、それは勝利じゃないんだって」
サカルスは、気力を爆発させた父のいうままに準備を整えた。だが、サトゥールはサー・グラリムが敗北した時点でサエンザの恐怖に再び捕らわれて動けなくなっていた。
サカルスは流れていく事態に身を任せながら、思考だけを巡らせていた。そして一つのことを決めた。
「最初からこうするべきだったんだ。兄さんが帰ってきた時…いいや、そのさらに前で。自覚があるかは知らないけど、兄さんは生ける宝石…いいや地上に現れた太陽だった」
サエンザもここに来て、弟の言葉にじっと耳を傾けた。眼を閉じ、一言も聞き漏らすまいと。今のサカルスは決して不意打ちなど狙わないだろう。
「策を巡らし、泥に落としてもその輝きは消えない。それで例え兄さんが死んでも、俺は兄さんの輝きに怯え続けたはずだ」
なぜなら他者に討たせようとした時点で、自分では勝てないと決めてかかっているようなものだ。策が成功しても、死体を目にしても、負い目が敗北を常に思い起こさせる。
「俺は弱い。神器がもたらす勇気が無ければ、この決断すら下せなかった…、だからこそ…」
サカルスが黄金の柄を握る。
確かに、その輝きがサカルスに行動を促したのだろう。だが、そこから先はサカルス自身の勇気だ。
「正面から貴方に戦いを挑まなければいけない!今まで貴方と目を合わすことすら出来なかった自分を消し去るために!」
国を巻き込み、多くの者を傷つけた。だが、それがどんなに愚かしくとも構わない。余人がどうあれ、サカルスにとって生きるということはサエンザと向き合うことだったのだ。
自分の後ろを付いてきた弱気な弟も、兄の影に隠れることを恨んできた弟ももういない。
それが間違っていようとも、己で道を切り開かんとする戦士の姿がそこにあった。
神器もそれに呼応する。
己の勇者…その子孫たち同士が争うことを嘆きながら、その決断を尊重すべく優しい慟哭を歌い上げる。
魔器はそれに呼応する。
最も弱き自分の担う、最も偉大な英雄。その輝きをさらに伝えるべく、悲しみに彩りを添えていく。
「目覚めろ、神器よ。神々の威光を世界に知らしめん――!」
「目覚めろ、魔器よ。魔女の意向を世界に知らせよ―――!」
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