骨肉を内に

「目覚めろ、神器よ。神々の威光を世界に知らしめん――!」


 最も恐るべき怪物を乗り越えるべく、卑小な男が振り絞る勇気を嘉するように輝く英雄の剣。


『我が与えるは夢路の加護。決して退かぬその姿が、お前の栄光そのものである!』


 どんなに見苦しくても、どんなに間違っていようとも、サカルスの決意は本物だった。兄の劣化品としての己を変えるべく、震える体に鞭を打つ。


『その手に掴むは無形の名誉。清らかなる刃の前には如何なる敵も、畏敬に震える!』


 これまでの神器とは異なる優しい祝詞。神器は拵えた神の影響を大きく受ける。聖人のための黄金の剣は、魔女の弟子を討つためでなく、担い手を慰撫するために輝きを増していく。


『幾多の戦いを乗り越えたその先に、女神の慈悲が見えるだろう!さぁ行くが良い、我が勇者!』


 その黄金に燃える剣に断てぬ物など何もない。ここに、真に神器と重なる勇者が誕生した。


「神器!“デュランダル・オード”!」


/


「目覚めろ、魔器よ。魔女の意向を世界に知らせよ―――!」


 己の強さに惑う超人を庇護するために、懸命に輝く力なき魔剣。孤独な強者を支えるための光は淡く、優しい。


『我が与えるは宝石の加護!地の底にて輝きを待つ、儚き願い!』


 全ての魔器の中で最も弱い力は、この戦いの行方を左右するものではない。ただ、持ち得るもの全てを向けることこそ、弟への礼儀だと悟ったがゆえ。


『指輪に嵌めよ、首飾りに誂えよ。剣の柄へとあしらわれ、王冠の頂きにも我らはある!』


 地下に眠る希少なる物達は、人の手を介さねば価値を持たない。真なる姿を取り戻すには時が満ちない。

 今はただ、頑丈な剣として主に振るわれるのみ。


『運命が逆巻く、その時まで、生命を失うこと罷り成らぬ者こそ我が主――!』


 それでもこの戦いを見届けよう。あらゆる願いを内に蓄える、そのために。


「魔器“ジュエクレール”!」


//


 黄金に輝く剣と、虹のように綺羅びやかな宝剣。

 性能としては前者が圧倒している。どのような物でも切り裂く神剣と、剣では比較するにもおこがましい。


 魔女の仕込みによる真の形態を取れるならばともかく、現時点では松明の代わり程度でしかない。

 互いに神秘を手に持つ同士、サカルスとサエンザにもその性能差は伝わってくる。


 しかし、それでもサカルスは常に気を張らなければ立っていられるかも怪しい。なぜならサエンザは〈完璧なる者〉。

 これまでの2戦において、神器使いを単純に剣腕で撃破している。それもほとんど無傷も同然に。

 サエンザが人類の到達点の一つであることは疑いない。


 武具はサカルスが、性能はサエンザが、それぞれ上回っている。

 一見すれば両者の差はそれほどまで無く。勝利の天秤はどちらに傾くか分からない。


///


「…フッ!」


 睨み合っていても詮無し。兄の中身を窺おうとしても、動けなくなるだけである。サカルスは敢えて前に出て、先に仕掛けた。


 恐れを振り切るように斬りかかる。

 サカルスはそもそも武芸に疎くはない。兄の影に隠れていただけであり、文武において十分に優秀である。

 流れるような動きからはサカルスの努力が伝わるだろう。


 その流麗な動きが続く。そう、いつまでも…


 …化物め!


 内心で吐き捨てる。そうしなければ心がへし折れる。

 流麗な動きがいつまでも続き、攻撃が途切れない。それはつまり、サエンザに攻撃が全く届いていないことを意味していた。


 しかし、それは同時に光明でもある。

 デュランダルの能力はサエンザも知っている。断てぬものが無い。という極めて単純な能力だが、それゆえに破るのは難しい。


 如何にサエンザが人の域を極めていようとも、デュランダルの攻撃を受けるわけにはいかないのだ。


 サエンザの魔器の力はサカルスからは不明だ。それでも感じる波動の弱々しさからデュランダルに及ぶものではない、と判断できた。

 おそらくは身体能力の強化についても、ほとんど行われていない。


 その考察は当たっていた。輝剣ジュエクレールは最弱の魔器であり、サエンザはあくまで自身の肉体で戦っている。


 ならばこのまま攻撃を続ければ消耗戦となり、神威で強化されたサカルスが有利となり泥仕合の果てに勝ちを得る…


「馬鹿か俺は!」


 益体もない妄想を振り払い、サカルスは一旦仕切り直した。

 先程までの状況は完全にサカルスが有利に進めていたはずだが…


「そんな都合の良い相手ではないだろう…!」


 この世界で最もサエンザを評価しているのは誰か?それはサカルス自身である。

 目の前にいる兄こそが世界で最強の怪物。それが自分の体力が尽きるまで、何の打開策も見出さない?まさに妄想である。

 

 その程度の相手ならば、自分はそもそもこの場にはいない。それを忘れてはならない。神器の力を己の物と過信せず、それでいて唯一勝っている「武器の性能差」を有効に使わなければならない。


 これまでは兄の影を恐れてきた。だが、この戦いでは兄を直視しなければ…!

 兄が自分から仕掛けてくることは無い。兄が剣を振ればデュランダルで受けるだけで、その宝剣は破壊されるからだ。


 しかし、それもまた都合の良い妄想だった。


////

 

 サエンザは悲しみとともに感動していた。

 サカルスの懸命な戦いからは、サカルスが重ねた努力が伺えた。

 サエンザに追いつくために、劣等感を振り払うべく、血反吐を吐く思いをしてきたのだ。


 その動きは弱者とは程遠く。油断を削ぎ落としていく姿は一流の戦士のそれだ。


「サカルス…本当に強くなったね」


 サエンザは家族としてのありったけの情を込めて、弟に微笑んだ。もうそれだけしか贈れるものが残っていない。

 あるいは、サエンザこそがサカルスのことを見ていなかったのだろう。自分に届かないことを妬む弟としてしか考えてこなかった。

 

 それは誤りだった。だから…


「その成長に敬意を表して、全霊でお相手しよう」


 

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