世界に広がる魔

〈完璧なる者〉の帰郷

 兄は全てを持って生まれたが、弟はそうではなかった。


 二人が生まれたのはナルレ家。王族の家柄であり、実際に王を送り出すこともしばしばある家柄である。

 血筋が絶えないように祖王の血族の家が幾つかあり、その何れかの代表者が国を担う…ナルレ家のあるナリーノ国にはそうした風習があった。


 子供が生まれない時がままあるのは王族であってもそうだ。

 この制度はそこから来る王位空白を避けるためでもあったし、王が強力になりすぎるのを他家が掣肘して防ぐ目的もあった。


 結果としてナリーノの国は大いに栄えた。他家に奪われる可能性を考えれば、王族達も民衆の受けを良くすることを忘れるわけにはいかない。

 打算まみれの考えは次第に誇りとなり、次いで歴史となった。今やナリーノの国は押しも押されもせぬ大国である。


 その腹中に王族諸家の醜い水面下での争いはあったにせよ、表に出てこないのだから問題はない。

 ナリーノの歴史上、軍を挙げてまで王位継承を争った例は数少ない。荒廃した地の上に立つよりは、他所の代表者に落馬してもらったり、あるいは食事に当たって帰らぬ人となってもらう方が余程良かった。

 

 しかし、この時代は珍しく王族同士の戦が展開された。

 その理由はナルレ家に生まれたサエンザという貴公子にあった。


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 サエンザはまさに完璧な人物だった。文武両道にして秀麗な容姿、加えて言えば人格面においてまで好男子だったのだ。


 折しも王族でナワン家の王位が続きすぎたこともあり、バランスを取る必要があった…ナワン家自身ですらそう考えたほどに続いた…ため、次代の王はサエンザで内定することになった。


 面白くないのは皮肉なことに彼の親族達だった。サエンザが余りに人気が有りすぎたために、ナルレ家の代表者はサエンザというのが合意なく自然となったためだ。

 特に未だ引退していなかった父と、完璧な兄の影に隠れた弟の嫉妬は凄まじかった。


 二人は事ある事にサエンザの足を引っ張った。

 だが、それは逆効果であった。サエンザがそれでも尚、父と弟を憎まなかったこともあり、父親と弟の醜悪さが浮き彫りになっただけだ。

 終いにはサエンザの能力に惚れ込んだ他家の者達こそが、サエンザの応援を買って出る始末。

 「サエンザに負けるのは爽快感すら伴うが、あの醜い連中の後塵を拝するのは御免こうむる」…という当たり前の心理を複雑怪奇な王族社会にもたらしたのだ。


 全ては〈完璧なる者〉ゆえに。


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 しかし、ある日サエンザは忽然と姿を消した。

 父親の「お前が本当に完璧ならば、物語の英雄のごとく怪物の首でも取ってこい」という発言を受けた直後のことだ。


 「サエンザは本当に怪物に挑んで倒れたのだ」「嫌気がさして出奔したのだ」

 様々な憶測が飛び交ったが、真実を知るものは誰もいない。


 こうなると、サエンザという超人によってしていた彼らの社会は元に戻った。

 次期王位がナルレ家で話は進んでいたため、御しやすい性格のサエンザの弟を操る方向で話はまとまって行った。

 兄の影に隠れてはいたが、それなりの能力を持っていたことも幸いしたのだろう。サエンザの弟…サカルスは無難に人々の期待に応えることができた。


 そして――神器〈デュランダル〉に選ばれたことでサカルスの人生は安定を見た。

 幼少期に試して駄目だった神器になぜ選ばれたか?疑問はあったが、王が神器使いというのはサカルスに欠けていた大衆の支持を得るシンボルとなったのだ。


 全てが順風満帆に行くはずだった次期国王サカルス。しかし、サカルスの人生に再び脅威が立ちはだかった。サエンザが突然帰還したのだ。


///


 サカルスにとってサエンザこそが恐るべき怪物だった。

 完璧な人間は遠くから見ている分には良いだろう。だが身近にいれば話は別だ。何をしても頂点。それでありながら人格には嫌味一つ無い。


 近くにいる間、実はサカルスはこの兄を嫌ったことはない。ただひたすらに恐ろしかった。余りにも完璧すぎて、とても同じ人間には見えない。

 憧れ、嫉妬、恐怖…それらが混じり合って不安という感情を形成していた。恐らくは父親も同様。彼らは薄情だったからサエンザを遠ざけ、貶めたのではない。自分と隣り合って住む怪物と戦っているつもりであったのだ。


 ある日、気晴らしの狩りに出たサカルスとサエンザは偶然再開した。

 兄は成長した弟がひと目で分かったようで


――やぁサカルス、大きくなった。それに立派になった。


 かつて毎日見ていたはずの笑顔、常に注意深く聞いていた声。

 サエンザからしてみれば、留守中に自分の居場所を奪ったと見えるだろう弟サカルスにサエンザは変わらぬ笑顔と親愛を贈った。


「にい、さん…生きていたのです、か」


 サカルスが無難に応じれたのは奇跡だった。だが、内心では既に恐慌状態に陥っている。


「少し変わったところに行っていたんだ。いろいろなことがあって有意義だったよ。うん、やはり故郷は良いね」


 言葉が全て、自分を責めているようにサカルスには感じられた。

 なにか、なにか裏があるはずだ。だってそうだろう?得るはずだった栄誉、財宝、地位…それらを奪われて何も感じないはずはないのだから。


 だから、サカルスは見誤った。いいや、無意識にではあるが、わざと目を逸したのだ。そんな当たり前の悪意害意を持っていないサエンザをこそ、サカルスは恐れたのだから。


「ここに来るまでにお前のことは聞いたよ。王位継承なんて凄いじゃないか」


 やはり、俺から全てを奪い返すつもりだ!

 サカルスは恐怖から逃れるために、懸命に理屈を形成した。


 勿論、サエンザにそんな底意はまるで無い。彼は〈完璧なる者〉なのだ。

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