半端者
とうとう聖騎士達は正気を取り戻した。
混乱と困惑が彼らを襲うが、どうすることもできずにただ眼前の戦いを見守る他はない。
聖騎士達が我に返ったのは、至極簡単な理由だった。
神器との接続が切れてしまったためだ。元より聖剣はそうしたものだから否応は無い。
聖剣はあくまで受信機であり、送信側から切断されてしまえばただの出来の良い剣に過ぎなかった。
言ってしまえば、おこぼれに預かるための装置だ。
「なぜ、我々は…」
こんなことをしてしまったのか。後背には守るはずの民や街が轢殺されていた。如何に貧困と悪徳の区画とはいえ、ここまでする必要など無かった…
聖騎士達は悔いた。己の行為を、そしてあの男に関わったことを。
神器から流入した知識は虫食いだらけで、とても本質に迫れるようなものではない。それでも天上の威光と地下の混沌の争いに巻き込まれたことだけは飲み込めた。
それにしても…
「アレで〈半端者〉だと…?」
現代に蘇った神話の登場人物。神器使いと互角に渡り合う、悪役。
自分達の長…ギョルズを相手にして未だに人の形を保っている。聖騎士長が神からの過剰供給を受けていることを考えれば、さらにその善戦が信じられない。
なら我々は何だというのだろう。
神々の視点からすれば、アレほどの戦士ですら半端者だというのなら。普通の人間より優れている程度では背景にもなれないというのか。
幾ら祈りを捧げようとも、巨大過ぎる天上の住人達には声も届かない。
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『そんなことはないさ。我が子らと関わった者は敵としてであれ、味方としてであれ、価値が宿る』
誰も聞いていない筈の慟哭にも彼女は律儀に耳を傾けている。
当たり前の存在こそが、世界を動かすと知っている。だからこそ、魔器と魔器使いという二つ一組の兵器を造ったのだ。
『それにしても、初手からソールの下僕相手とはあの子は尽くツイていない』
思えば初めて会った時から、彼は死にかけていた。
そうした星のめぐりと考えれば、これもおかしい。彼はそうしたものから解放されているはずなのに。
弱い敵から徐々に慣らしていければ良かったのだが…異界の魔女は少しだけ惜しく思ったが、計画自体に支障はない。
例えここで〈半端者〉が討たれようとも、だ。そうした仕組みを造るためにこそある魔器と魔器使いだ。
『あるいは、ここで見れるかもしれんが…』
魔器には仕掛けがある。
魔器は神器の後発にして最新の武器。ソールの神器が幾つもの異能を隠し持っているように、隠し玉もある。新しい物が優れているのは当然であり、前例を参考に手を加えたのだ。
『そこまで望むのは酷というもの』
さて、〈半端者〉はどうするだろうか?
彼は弟子の中でも、かつての性格を残すことに成功した個体だ。
優れすぎている魔女からは、どうにも読めない。
というよりは、読める者がいるかも怪しい。普通の人間から見れば狂気で、超常の存在からすれば常識外。
力を授けたことにより、異常な速度で回転するようになった風見鶏が〈半端者〉なのだから。
魔女はどこまでも魔女だ。普通からはかけ離れている。我が子と呼ぶ存在が傷つこうとも、端役がどれほど死のうがお構いなし。ただ見ているだけである。
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善戦。
傍から見ればそう思えるだろうが、当事者であれば痛いだけだった。
「がぁぁぁっ!くそっくそっ!掠っただけで…!」
鉄槌との接触は本当に僅か。触れただけである。
しかし、それだけで左腕は千切れ落ちた。
「樹槍!頼む、いてぇ!」
左腕の傷口から蔦を生やして、落ちた腕との接続を図るが…
『おおぉぉ、嘆けくがいいおぞましき者。いや、喜ぶが良い。ウルズの腐臭から汝を解き放ってやるのだから』
声とともに放たれた雷撃が、落ちた腕を消し炭へと変えた。
「ああっ!俺の腕が!俺の腕ぇ!…くそっ生やすしか無いか…!」
失われた部位を、樹槍の力で再生にかかる。
徐々に生えていく腕。傷としてはともかく、戦闘に使えるようになるにはもう少しかかるものの…痛みは和らいでくれる。
――化け物…
周囲からなにやら声が聞こえる気もするが、返事を返す余裕もない。
『なんとも醜い。その有様で、よくも人を気取れるものだ』
「いや、ソイツの中身を作り変えている最中の貴方には言われたく無い!」
ギョルズの肉体は既に半ば神と合一を果たしていた。声さえもこれまでとは違っている。どこまで人間の部分が残っているかも怪しかった。
不本意ながら樹槍による自己の修復が取り柄の俺だから分かる。大いなるソールは内部から改造を施すことで、神の依代にふさわしく育て上げているのだ。
如何にギョルズが英雄であるといっても、神そのものを降ろすには容量不足だ。生まれた時からそう望まれていたのならばいざしらず。
人として武功を積み上げた後に神器に選ばれるのだから…資格があろうとも最適ではない。
それを闘神は強引に解決しようというのだ。
「そのやり口は反吐が出る」
良識とかそういうものからではなく、俺を鍛えたあの魔女とやっていることは同じだ。地下から手を伸ばすか、天から糸を垂らすかの違いしかない。
『ならば、どうするというのだ。ウルズの子。貴様は力では我が下僕に届かぬぞ?』
振るわれる鉄槌。
神器の本領を発揮した裁きに対して、とり得るのは回避のみ。
敵は雷光と赤熱が加わったことにより、攻防一体の要塞と化していた。
樹槍を構成している名も無き草花。それは無尽蔵ではあっても、無敵ではない。いや…一つ一つは弱いとすら言えない。
群体としての強さであるために、今のギョルズに攻撃をしかけようともそれだけで萎れて散ってしまうだろう。
できることは果てるまで、避け続けることだけだった。
「…?」
何かを忘れている気がする。
そもそも、なぜこんな戦闘をやっているのか。
『「我が鉄槌で、消し飛べ」』
重なるソールとギョルズの声。それこそがコウカの目の前に垂らされた救いの蜘蛛の糸だ。
「…!我が足を鎧え、樹槍よ!一瞬だけ耐える力をくれ相棒!」
無造作に放たれる一撃は、天上の域。
それに耐えるなどと、無茶を言っているという自覚はある。
――心得た。飛べ、我が主。我が半身。
思惑を瞬時に悟った得物が声を発したように思う。それは気のせいでは無いだろう。彼らは物言わぬ草木の化身。生存本能に長けることは、〈半端者〉に劣らない。
最早、音すら置き去りにした鉄槌は雷速そのもので迫る。それを見る。視る。
恐れないなんてことは言えないが、〈完璧なる者〉ならこれぐらいの一撃を放つはずだ。その対である俺は視るぐらいは出来るはずだ!
…やっぱり足ぐらいは砕けるか。まぁいい必要経費だ。
来る痛みは想像するだけで、嫌になる。やろうと考えるだけで死んだほうが楽な気さえしてくるが仕方ない。
鉄槌が直撃するのを避けない。むしろ宙空でこちらから足で迎える。
樹槍による鎧が無ければ行うことすらできない。つまりは地上で行えるのは俺のみ。戦闘の最初に見た家屋を思い出す。あの家は原型を留めたまま飛んでいったのだ。
「お前みたいな怪物とまともに戦うなんて御免だ、バーカ!覚えてやがれ!」
つまりは逃げの一手。
神が接続を切り離したために、逃げを奪う兵達はいない。
もっとも…彼らが聖剣を起動できたままでも、最後は同じだろう。なにせこの速さだ。
それまでの己をあっさりと捨て去り、恥も見栄も捨てて〈半端者〉は相手の速度を上乗せして戦場から飛び去っていった。
///
『有りえん。なんだあの男の歪さは…』
「それほど難しいことでも無いでしょう、我が神よ。何事も命あっての物種。主役が誰であろうとも、端役は散りたくなどない。敗者が華々しく、潔くて得をするのは勝者だけ…後は観客ぐらいのもの」
それこそ弱者の理屈だ。
共感は出来ないが、理解はある。ゆえに神には〈半端者〉が分からない。
あの男は強者の側だ。
現に途中までは決闘に勇ましく望んでいた。だが、それが最後には捨て台詞を残して逃げ去る始末。
『強者にあるべき、一貫性が無い』
〈半端者〉とはよく付けたモノだ。あの男は自分に都合が良いときで強者と弱者の仮面を使い分ける。
「…まぁ天におわす貴方から見ればそれだけでしょうね」
神から見れば、強いか弱いかの違いしか無い。
恐らくはあの男、〈半端者〉は力の優劣以外でも仮面を使い分けるはずだ。
不思議な共感をギョルズは覚えた。
「さて…もう敵はいない。体を返していただけると嬉しいのですがね。なにせ、これから失った立場の補填に忙しくなるので」
////
逃げた先は何もない。
ただ鬱蒼とした森が広がっているだけだ。
彼女は悪所から繋がる抜け道を、どう歩いたかは覚えていない。
「ごめんなさい、ごめんなさい…」
呟きながら歩く姿は、木々よりも鬱々としている。灰の首輪は今、鎖の先も、縛る相手も失った。
一体、彼女に何ができるだろう。もう使いみちのない、使い捨ての道具が何故か生き残ってしまった。ただ息をしているだけだ。
…
闇で生きる者特有の鋭い聴覚が何かを捉える。
「…?」
風を切る音。何かが飛んでくる。
…良く分からないが、しかし…どうでも良いことだろう。最早生きていく意味は失った。関わりがないことだ。
「ごめ…」
「ぶべっ!ぐろうぇ!」
続くはずの贖罪の言葉を断ち切ったのは空からの飛来物だった。
どういう訳か、肉塊が落ちてきたのだ。
あたりに飛び散る血肉は異常な光景を展開したが、セネレはそれを空虚な目で眺めていた。
耳障りな音とともに、肉片が動き出す。肉塊が緑光を放つ。
現実離れした光景にも、壊れた灰の少女は動じない。
そのはずだった。
「…ぐぇ、着地を、考えてなかった」
「…コウカ?」
どうにか形を取り戻し始めた肉塊に、セネレは目を丸くした。
「あ…?セネレか。どういう偶然だこれは…」
この広い世界で、縁者の近くに落ちるとは。これもまたあの魔女の仕業ではあるまいな?
そう疑念を持ちながら人の形を取り戻し始めた〈半端者〉に灰の首輪は縋り付いて、抱きしめた。
「…セネレ?」
「コウカ、ごめんなさい。ごめ…んなさい」
意外な一面を見て、コウカの方が困惑する。幼子にするように頭を撫ぜてから呟く。
「まさか、俺と会って泣くやつがいるとは…」
樹槍が淡く光った。笑ったのだ。
/////
『…くふっ。逃げか。なるほど、神は確かにそうした者に弱い。仕込みが見れなかったのは残念だが、これはこれで良し』
世界の果で魔女が笑う。
どう転んでも彼女に損は無い。とはいえ…
『ほぼ同時に我が子ら全員が神器使いと邂逅するか。元より予想してたとは言え…いささか露骨に過ぎるな』
魔女の望みが叶うかどうかは別の問題となる。
敵は強大。そのための
世界の全てを果てから見通す魔女もまた、足掻き、挑戦するものなのだった。
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