走狗と傀儡
タンロの国は元の元、まで辿れば強大な王朝に繋がる国だ。
歴代にさして高名な王がいたわけではないために弱体に弱体を重ねて来たが…とりあえず国としては連綿と続いてきた。
数多いるとされる神々の中でも主要な3柱、オージン、フロージ、ソール。その中でも戦士の神とされるソールの神器が伝わっているのもそこから来ていた。
逆に言えばこの神器があるからこそ、タンロの国は続いてきたとも言える。
タンロの神器は非常に強力な代物である。現在は聖騎士長が受け継いでいる神器〈ヤールン・ソールニル〉は神々が人のためにこしらえた物ではない。
かつてソールその人が使っていた神器なのだ。
ソールは戦の神。数多の武勇伝を持つ神であり、戦士の守護神と崇められている存在。
ソールが司るものは、戦である。戦というのは括りとしては実に大雑把だった。しかし、大雑把であるということを能力の範囲の広さと捉えるならば…
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余波だけで常人ならば殺しかねない鉄槌の一撃。それに付け足される電撃と灼熱はもはや脅威などという言葉では表せない。
「雷撃に指向性が無いのが救いだな…」
樹槍の蔦を解き、盾の…いや壁のように変化させた〈半端者〉。雷熱がその守りを紙のように引き裂いていく僅かな間に、鋭く回避。
コウカは増大した暴威を前にして、未だ健在だった。
「しかし、サエンザといい。本物の英雄は凄まじい。本当に俺と同じ人間なのかねぇ…」
半端者はその名が示すとおりに、相手によって自分をコロコロと変化させる。性質の風見鶏は今、ギョルズという男に対して畏敬の念すら覚えていた。
「う…ごっ…ぎっ!神…私…!」
強制的に上昇させられた能力値。それに伴う負荷。
そして何よりも自我を侵食していく、神の意思。
呆れたことにギョルズは内面を食い尽くそうとする、神の恩恵を前に未だに自我を残している。
それがコウカを生き延びさせていた。
本来ならば圧倒的な強化となるところを、ギョルズが人間としての一線で踏みとどまっている。そのために肉体と神器の間に齟齬が発生しているのだ。
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ギョルズという男はまさしく傑物で英雄だった。
絵物語のような純真さではなく、俗的なモノを根っ子にしていようとも、例え神が相手でもこれ以上は決して譲らぬという一念が神の現出を阻んでいた。
先程までのような干渉ならば良かった。価値観が多少ズレただけで、ギョルズはギョルズのままであった。
しかし、これ以上の強化が意味するところはソールの傀儡どころか憑依体となることを意味している。
名誉、財宝、充実感に達成感。与えられる褒賞を味わうのが自分ではなくなってしまう。そんなことは冗談でも許さん、とギョルズは己が神にささやかな反旗を翻していた。
精神の世界などというふざけた代物の中に立つギョルズは、揺るがずに己よりも大きすぎる巨人の顔を睨めあげていた。
――何が不服だ?
簡潔な問いは、天上から見下ろすソールのものだ。僅かな問いだけで、ギョルズの精神の海は揺らいだ。この巨人の姿はソール本人が大きいというよりは、格の違いを表すもののようであった。
闘神は心底疑問に思っていた。
戦士であるならば、己の傀儡になっても光栄と思う者しか見たことが無い。憑依体ともなればなおのこと、喜んで身を捧げるはずである。
「我が神よ。貴方の与える天上の栄誉も嫌いではない。ですが、それを味わうのが私でなくなっては意味がない。勝負には報酬が必要だ。勝利には栄光が。だが…それに浸る時間が消えては勝負する甲斐が無くなる」
絶対的な神の圧力を前にも、ギョルズはしゃあしゃあと答える。
その答えをソールは真剣に吟味した。
――お前の言は正しい。古来より断崖に身を躍らせる勇気がある者にこそ黄金は与えられてきた。
しかし、小さな国で二番手に甘んじながら甘い蜜を啜る。その性根はどうなのだ、と巨大な意思体が問うていた。
「大きな国には大きな栄誉が。頂点に立つものこそが最高に輝く。全く道理ですな。しかしながら、我らの時間は有限。効率よくいかねばなりません」
ソールは身を捩らせながら、どうしたものかと悩んでいた。闘神は一方的な破壊者ではない。そうした面も持ち合わせているが、同時に勇気と闘志を祝福する存在。
ギョルズという男は歴代のどの下僕とも異なっていた。戦士として、男としての矜持は十二分にあるが…それだけで完結しない。商人のような感覚をも、精神の盃の中に混入していた。
勇者として扱うに十分な存在でありながら、打算にも満ちている。それが混濁というよりは調和を見せているのだから、神は扱いに困っている。
唾棄すべきか?そのように扱うには勇敢過ぎる。
神の闘士として賞賛すべきか?それにしては余りにも生臭い。
無限にも感じられ、一瞬でもあるような時間の中で神は…
――否。逆らうことは許さぬ。貴様は男だ。だが、それゆえに運命の軛から解放されては問題だ。
「ならば致し方ない。ここで足掻くといたしましょう。…しかし、全く。神も我らと変わらぬではないですか。結局は状況に応じて答えを変える。単純な性質を言祝ぎながら、自分は例外。いや、滑稽。滑稽!」
――貴様…!
荒ぶる大波の前に自分は呆気なく飲み込まれるかもしれない。
それを承知でギョルズはせせら笑う。
総身に流し込まれる神の強大な力を感じながら、外の敵に期待をかけた。
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