ならず者たちの仲間入り
タンロの町に戻ったコウカは銅貨の感触を楽しんでいた。甲殻鼠を引き渡した報酬だ。かつて暮らしていた故郷の小さい村では通貨を使う機会などあまり無かった。冷遇されていたコウカとて物々交換ぐらいはしてもらえたのだ。
さて、これを何に使おうか?久方ぶりに風呂に入るのも良かろうか。いや、野外料理にも飽いた。ここは1つ酒場にでも行って温かい料理を楽しもうか。娼館に行くには足りないのだし。
そんなコウカの愉快な気分は図ったように妨害された。晴天の下、悪所たる裏町が逆転した眠りを楽しんでいるはずの朝方に、コウカは屈強な男達に取り囲まれていた。
「おい兄ちゃんよ。あー、その金を置いていって貰おうか? じゃなきゃ痛い目を見るぜ?」
「……?」
一団の頭目らしき一際屈強な男の発現にさしものコウカも違和感を覚えた。このような町だ。喧嘩を売ってでも銅貨すら欲しい、という手合もまぁいるだろう。だが、人数が多すぎる。仲間で分け合ってしまえば一人頭、数枚行き渡る程度になってしまう。
「なら仕方ねぇ! 力ずくで置いていってもらうぜ!」
むしろそれをこそ待っていた、と言わんばかりに男達が殺到してくる。しかし、なにが“なら”なのかさっぱり分からない。男達の輪の中で考え込んでいたコウカは逃げそこねた。
喧嘩の結果について詳細に語る必要は無かった。
そして現在、コウカは1軒の家屋に案内されていた。昨晩の騎士達との遭遇からこちら、状況が目まぐるしく変わるためコウカは若干ついていけていない。大人しく従うことにした。
外から見た家屋は大きくはあるものの、他と同じくみすぼらしい外観だった。だが、中は豪奢と言っていい調度品で彩られていた。
明らかに堅気ではない連中が屯する一階……ではなく、上階にコウカは導かれた。
「どうぞ、旦那。姐さんがお待ちです」
「待っていた……?」
「ええ、そりゃもう首を長くして」
上階の一室。そこも高価そうに見える家具が置かれているが、成金趣味のようだった1階とは異なり、落ち着いた雰囲気を出している。コウカもなんとなくではあったが、こちらの家具のほうが値が張りそうだと素人目にも思ったほど造りが良い。
部屋の中央のソファーには煙管を咥えた女性が足を組んで座っていた。
「ようこそ。ウルヴラン商会へ。あたしはサルグネ……この町のまぁ顔役さ。呼び立ててすまないね」
コウカは流されるまま勧められた椅子に腰掛けた。
「さて……。昨日、聖騎士が消息を絶った。裏で生きるあたし達にとっちゃぁ快哉を上げても良い事態だけど調べてみて驚いたさ。丁度、その頃に平原に出ていたやつがいる。そして聖騎士をやったのはアンタだと踏んだわけさ。違うかい?」
「騎士っぽい二人組のことならまぁそうです」
駆け引きも何もあったものではないコウカの発言にサルグネは目を白黒させた。何者かに倒された聖騎士が二名だとはサルグネは言っていないにも関わらず知っている。先程、けしかけた部下との乱闘においても圧倒的だったことから信憑性は限りなく高まっていた。
サルグネは艶やかな黒髪を揺らしながら魅力的な足を組み替えた。コウカはスリットの隙間にも特に反応しなかった。
「……そうかい。腹芸を使うつもりは無い…と」
「……はぁ?」
上手くいかない会話の流れにサルグネは苛立つ。流石に顔や態度には出さないものの、ここまで勝手が違う相手との話し合いは彼女にとっても初めてのことだった。
勿論、コウカは単に何も考えていないだけであるのだが、サルグネにとってはそう思えない。
外見は朴訥そのもの。特徴らしい特徴といえば鍛え上げられた肉体ぐらいのもので、農夫でもやってる方が似合いな男だ。だというのに、その戦闘力は聖騎士を上回ると思われる。ここまでの調べと会話で聖騎士を倒したのはこの男だとサルグネはほぼ確信している。
だからこそ分からない。高過ぎる能力の持ち主はソレに引っ張られて精神的にもまた常人からかけ離れていくのが常だ。にも関わらずこの男はどう考えても小者。戦闘能力以外に目立つところが欠片もない。どうやればこんな存在ができあがるのか、と思うほどだ。
自慢の肢体に反応を示さないのも苛立ちの原因の1つだ。
「だったら単刀直入に言うよ。うちに来て戦士として働かないかい?」
「え、いいの? あー、でも俺そんなに悪いこととかできないですよ?」
頭が痛い会話だとサルグネは思った。
国家に属する聖騎士を殺害することはこの男にとって悪いことに入らないのだろうか?いや、勧誘に即応したところを考えれば恐らくは何も考えていないだけだ。
まぁいい、聖騎士を倒すほどの男を仲間に引き入れる算段は上手くいくのだ。話をこじれさせる必要はない。悪事に関しても人を殺せるならば問題はないだろう。大体にして善事の方が金になるものだ。
サルグネは当面の住居と金を与えて新しい部下を下がらせた。
「思ったより扱い易そうでしたね姐御。うちの良い鉄砲玉になりそうで」
「……ええ、そうね」
扉の外で会話を聞いていた部下の男にサルグネは生返事を返した。この男は何も分かっていない。手下として使うのに、あの朴訥な戦士ほど制御が難しい者などそうはいないというのに。
ただの小者ではなく、聖騎士を上回る武力の持ち主なのだ。それが本当に田舎の愚か者程度の思慮しか持っていない。それがどういうことか自分の側近は本当に気付いていないのだろうか?
あの戦士はその場の状況に流されるままに、気分で裏切り、気分で離れていくだろう。だが手放すのは避けたい。サルグネの野望にとって強大な武力は欠かすことはできない。
金と娯楽に浸すのは当然としても、何か首輪をつけねばなるまい。
制御が難しい?いいだろう、乗りこなしてみせよう。例えこの体を使ってでも。
サルグネは躍進の日を夢見ることにした。
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