樹槍

「目覚めろ、魔器よ。魔女の意向を世界に知らせよ――!」



 敵から放たれる緑光と気配に聖騎士達は戦慄した。今、この男はなんと言った?

 その起動詠唱に類似したものを知っている聖騎士達だからこその恐怖だった。自分達に与えられた聖剣ではない。それは彼らが付き従う主のそれと良く似ていた。



『我が与えるは名も無き草花の加護! 踏みしめられて尚失われぬ無窮の生命!』



 詠唱が続く。それは神器の力を受信する聖剣にはあり得ない賛美の歌。今、歌っているのは眼前の敵であって、敵ではない。男が持つ蔦を固めたような槍。ソレが男と合一し言葉を紡いでいるのだ。

 その槍からは蔦が解れるように伸び男の身体を覆っていく。

 動かなければ。完全に起動してしまえば勝ちの目は皆無。ならば詠唱が終わるまでに動かなければ。

 だというのに恐怖に竦んだ足が言うことを効かない。聖騎士となって久しく忘れていた感覚が心身を支配している。



『大地を抉り、石畳を跳ね上げよ! もはやいかなる脅威も汝の生育を阻むに足らず!』



 比較的早く立ち直ったのは魔術を使う聖騎士だった。その口を塞がんと四方八方から氷の散弾を浴びせかける。その全てを敵は――躱さなかった。

 身体中に氷の槍を突き立てられ、見るも無残な姿に成り果てようとも、一度発動した魔器の歌は止まらない。



『決して届かぬ陽の光を求めて、空を睨め上げるのだ我が主!』



 美しいにも関わらず、見るものを不快にさせる緑の輝きを直接浴びていた剣使いがようやく立ち直り、吠えた。



「貴様ァ! 神器使いかぁぁ!」



 ああ、恐ろしい…だから使いたくなど無かった。

 樹槍から伸びた蔦が肉体を覆っていく。身体に突き刺さる氷すら砕き、肉体を再生させていく。この魔器の恩恵は生命力。治癒し、再生させ、本来ならば致命的な損傷を受けてなお生き長らえさせる。

 樹槍グロダモルン……この樹槍と一体化した自分は〈完璧なる者〉にすら比肩する不撓不屈の英雄と化す。これほどの恩恵、一体何を対価とすれば可能になるのか。


 だが、この槍に。魔力も気力も体力も何も求めない。何かを吸われている感覚はあるのにも関わらず、なにも支払ってないどいないのだ。

 ただより高いものはない、と人は言う。あの魔女が作り出した魔器。それが求めるのが体力だの魔力だのといった通り一遍のものだろうか?だからこそ怖い。


 分からないということは恐怖だ。例えようもない不安を抑え込みながらコウカは眼前の戦いに意識を向けるよう努力することにした。

 久方ぶりに契約者と接続した樹槍は親しみを送ってくる。魔器の中から選ばれたと

相性が良い武具だ。コウカとて魔女の影がチラつかなければ素直に親しめるのだが。


 再生はすでに完了している。足の傷も腹に開いた大穴もすでに塞がり、他の部位よりもむしろ瑞々しい肌を晒している。

 緑の輝きを纏いながらコウカは向かってくる剣使いに対処する。


 何事かを叫びながら剣使いは斬撃を繰り出さんとしてくる。先程まで並んでいた身体能力はコウカが魔器を起動したことによって、序盤に立ち戻って再びコウカが上を行っている。

 予想外の事態に狼狽してはいても国家の顔を担う聖騎士。身体に染み付いた技術を遺憾なく発揮する。巧みに剣筋を誤認させる牽制からの必殺の連撃。

 それをコウカは……一歩前に進み、牽制をわざと食らうことで断絶させた。



「な……!?」



 コウカとしては首を切断されたり、頭を粉砕される事態を避けさえすれば構わないのだ。流石にそこから再生できるかは

 胴体に剣をめり込ませたまま槍の柄で無造作に剣使いを叩き払う。差はあれど超人同士の戦闘だ。たかだか吹き飛ばされた程度で決着するはずもない。加えて…



「続けて行けよぉ……!」



 相手はもう一人いる。魔術使いがお得意の氷弾を繰り出す。全身全霊を込めたと思しき氷弾はもはや散弾。いくらかを樹槍で弾き飛ばしたものの、氷柱は再びコウカを蜂の巣にした。そして、その隙を見逃す聖騎士でもない。



「貰った! がっ……!?」



 蹲ったコウカがその体勢から繰り出した槍によって、剣使いは喉を貫通されていた。

 いくら頭で理解していても目で見た姿が全てを支配する。コウカが身体を穴だらけにされた程度では死なないと理解していながら近付いた剣使いは果たして愚かだったのだろうか?



「くそっ……」



 相方を失った魔術使いはもはや勝ち目なしと見て撤退にかかる。が、これも遅い。既に身体能力が逆転していることは既に述べた通りなのだ。

 お返しとばかりにコウカが投げ放ったものによって魔術使いは足を縫い止められた。彼自身が先程放った氷柱のうち、地面に突き刺さり残っていた物だった。

 とうとう魔術使いを補足したコウカは容赦なく眼窩に樹槍を突き刺した。血が後頭部から抜け、肉体がいくらか痙攣した後に聖騎士は動かなくなった。



「あ~、クソっ! 痛い。痛い――!」



 嘘偽らざる気持ちをコウカは一人口にする。再生力を活かした捨て身の戦いは修行時代からコウカの十八番だった。だが、それで痛くならないかと言えばそうでもないものだ。耐えられること自体が普通はあり得ないのだが。

 聖騎士の遺品を漁ろうかとも思ったが、流石に足がつきそうであったため止めた。結局コウカは依頼通りに甲殻鼠の死骸のみを持ち帰ることにしたのだった。



「……途絶えた、だと?」



 タンロ国の城……その一隅の豪奢な私室で男は訝しげに呟いた。この男こそがタンロの神器使いその人だった。彼は自身の力を分け与えた部下が亡き者となったことを正確に察知していた。だが、一体何が起こったのかまでは感じることはできなかった。

 聖騎士達は彼自身には劣るものの、容易く屠られるような戦士でも無い。魔物魔獣の類であっても二人ならばどうとでもできる筈だ。少なくとも逃げ出すことは可能。その聖騎士が失われた。

 面白くなりそうだ、と考え男は思索に耽ることにした。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る