31-3.あなたは嘘つきだから

 「もしかして助けてくれた?」

「あんた遅すぎ。道路渡るのにどんだけ時間かかんだよ」

「今日は風よけがいないからしょうがない」

 話しながら正人が握った自分の手を引き抜こうとする。

 そのさりげないやり方が癪に触って、正人はわざと手に力を込めた。離してほしいなら言えばいい。


「……」

 伏せていた目を上げて美登利が正人を見る。

 何か言われる、身構えたとき彼女の肩越し、雑踏の向こうから男が声をかけてきた。

「みどちゃん」

 限られた人間しか使わない呼び方で。


 道行く人たちの向こうから男がこっちを見ている。正人の知らない男だ。

 美登利がゆっくり振り返る。首筋が緊張しているのがわかる。

「久しぶり。髪切ったんだね」

 うろたえるように美登利の指が動いて正人の手を握った。

 その手が震えていて正人は驚く。なにも考えずに手を引っ張って走り出した。


 人込みをかき分け河川敷とは反対側の路地に入る。

 人の数が格段に減っても正人はその道をひたすら走った。

「待って、池崎くん。ねえ、止まってったら!」

 後ろから言われてようやく立ち止まった。

「離れすぎだよ、戻らないと」

「でも」

「あのひとだったら、追いかけてくるような人じゃないから」

 今度こそ正人の手を振りほどき、額を手で抑えながら美登利は息をつく。


「誰?」

「お兄ちゃんのオトモダチ」

「嫌いなの?」

「昔、ヤなこと言われたんだ。思い出しちゃった」

 気を落ち着けるように自分の頬を触って美登利は少しの間目を閉じる。

 その頭上、ビルの隙間から大きな花火が開くのが見えてものすごい音がした。


「始まったね、早く戻ろう」

「大丈夫なのかよ?」

「大丈夫、大丈夫」

 どんどん先に行ってしまう美登利の肩のあたりを見ながら正人は眉をひそめる。信じない、あなたは嘘つきだから。





 花火が終わった後みんなに別れを告げて、駅に向かう人波と一緒に紗綾と手をつないで歩いた。

 バスロータリーの端で一ノ瀬誠と綾小路高次が待っていた。

「悪かったな。付き合わせて」

「いいえ。楽しかったよ、紗綾ちゃん」

「また遊びましょうね」


 手を振って綾小路と紗綾を見送ってから誠が言った。

「屋台まだ残ってるかな。母上に何か買ってかないと」

「うちも」

 少し戻って買い物をしてから、乗り場の前でバスを待つ。


「花火の音だけは教室からも聞こえたんだけどな」

「とってもきれいだったよ」

「そういうこと言うかね」

 赤い水ヨーヨーをつきながら美登利は笑う。それを眺めながら誠は尋ねる。

「何かあった?」

「……どうして?」

 ヨーヨーの動きは乱れない。

「なにもないよ」


 俯いた彼女の眼の先に誠は手を差し出す。

「あげる」

 蝶の飾りのヘアピンだ。これなら短い髪でも使える。

「ありがとう」

 美登利はまた泣き笑いのような表情でそれを受け取る。

 後ろを向いてビルのウィンドウを鏡代わりにして前髪に留めた。


 その姿を見ながら誠は思う。精一杯なんだ、これでも。

 彼女が嬉しそうにこっちを見る。一生懸命なんだよ……わかってよ。

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