30-10.それが自分

 天才と誉めそやされ過重な期待と重圧と妬みを一身に受け、まともでいられる神経の方がおかしかったのだ。こいつも最初から何かが足りていない人間だったのだ。


 滑稽だった。達彦があれほど羨んだものはなんだったのか。自分はなにを見ていたのか。





 駅ビルの洋食レストランのウィンドウを美登利が覗き込んでいる。珍しく一人だ。何種類ものパフェを値踏みするように見つめている。


「食べたいの?」

 ウィンドウに映った達彦の姿を上目遣いに確認し、視線をきつくして振り返った。

「この前はごめんね」

「……」

「もうしないから。お詫びに奢ってあげようか」

 瞳が和らいで頬がほころびそうになる。


「駄目だよ」

 またいいところで邪魔が入る。

 一ノ瀬誠だ。こいつは本当にいつもいつも。

「行こう」

 さようならの形に口を動かしかけた美登利が、思い直したように口を開いた。

「ねえ、村上さん。許してあげるから、お兄ちゃんのオトモダチでいてね。あのヒト友だち少ないからさ」


 この子がいるからだ。達彦は思った。

 とっくに壊れて別の世界に漂っていきそうなのをこの子が繋ぎとめているのだ。この妹と一緒にいることで、巽は浮世離れはしているが比較的まともな人間でいることができるのだ。

 そして自分にもそれが言えることに達彦は気がついた。


 美登利は決して寛容ではない。気に入らない相手のことは徹底的に嫌うし情け容赦なく打ちのめす。

 一方で心を許した相手には優しく親切で、いつでもその手を差し伸べる。

 その行動に偽善や憐憫といったものは一切ない。思ったまま、あるがままで彼女は動くから。


 だから彼女に嫌われた者は絶望するし、好かれた者は彼女のために努力するようになる。彼女がいればなんでもできると、そんなふうに思わせてしまう、それは天使の所業か悪魔のそれか。


 達彦もそうだ。あの子がまるで、自分をいい人であるかのように扱ってくるから、すっかりそんな気になっていた。寛容で優しい人間であるかのように振る舞っていた。


 そんなはずはない。本当の自分は卑屈で狡猾、自分を守るために他者を攻撃し欲しいものなら盗んででも手に入れる。矮小でプライドばかり高い、うぬぼれ屋のくだらない人間。

 他人の不幸に自分の喜びを見出す自尊心のかけらもない惨めな人間。産まれたことを呪い満たされないことを他者のせいにして人を羨んでばかりいる器量のない人間。それが自分。


 忘れていた。あの子が笑ってくれたことに有頂天になって忘れてしまっていた。

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