27-3.そんなの決まってる

「先輩、なんで顔隠すんすか? せっかくきれいなのに」

「ばれると面倒だからに決まってるでしょ!」

「グラウンド、今なら空いてるみたいです」

「よし、そっちに移動」


 突撃ゲリラ演奏隊のパフォーマンスはあっという間に話題になった。

「ピロティーでもやっててね、見たんだよね、綾香ちゃん」

 昼休憩の時間をすり合わせて一緒に焼きそばを食べていた須藤恵がうっとり話す。

「チェロの演奏なんて初めて聞いたし、ドレスもキレイでさ。あの踊ってたの、誰なんだろう? 紹介されなかったよね」


 誰って、そんなの決まってる。

 正人と拓己もグラウンドの隅からそれを見ていた。あんなふうに、蝶々みたいに動く人なんて一人しか知らない。

 だけどそれを口に出してしまっては夢を壊してしまうみたいで、正人も拓己も沈黙を守ったのである。




「この後どこに回ればいいんだ?」

「屋上でサイエンスショーの会場整理」

 冬場にあれだけ頑張って作業を進めた屋上庭園も好評を博している。一般客にも見てもらおうと解放されてはいるが安全面で不安も残る。だから随時係員が配置されていた。


 正人たちが屋上に出ると急ごしらえの会場では、液体窒素実験が行われていた。

 凍らせたバナナで釘を打つべたなネタの次はバラの花の出番だ。

 液体窒素をあてられた赤い花がみるみる白く凍りつく。手袋をはめた科学部員が握りこむと花びらがパラパラ砕けて粉々になった。


 最前列でそれを見ていた女の子が、別の凍りついた一本に手を伸ばそうとする。

 正人は静かに近づいてその子の手を止めた。

「ダメだよ」

「触りたい」

「手袋をしないと怪我をするんだ」

 部員が女の子に手袋をくれた。


 花びらがパリパリとガラスのような音をたてて割れていく。美しい姿のまま脆く崩れていくのがかわいそうで、手を差し伸べていた。

「おにいちゃん?」

 女の子が目を丸くしている。はっと正人は我に返る。手のひらいっぱいに花びらの残骸を抱えていた。


「早く手を放せ」

 科学部員がタオルで手を払ってくれた。

「やけどしてないか?」

「わかんね」

「最初は大丈夫でもヒリヒリしてくるからな。保健室でワセリン塗ってもらってこいよ」

「急いで行ってくる」

 正人は拓己に謝りながら屋上を後にした。


 一階まで階段を下り、廊下をぐるりと回らなければならないのが面倒で、外から保健室に向かうことにする。

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