25-3.男のロマン

 後になってわかった。歴史の長い西城学園において神童とまで称された天才。彼がいたから城山苗子による新学校設立は成功したのだと。


「いいだろう。そこまで言うならおまえに協力してやる。志岐琢磨が約束しよう。櫻花の旗に誓って」





 巽がその男を連れてきたのはしばらく経ってからのことだった。

 村上達彦。見覚えがある顔だ。

「二中を仕切ってた奴です」

 側近からの耳打ちですぐに思い出した。表向きは優等生、しかし裏では荒くれどもをまとめて好き勝手やるというあざとさで名を知られた男だった。


 お節介だとは思ったが琢磨は巽に確認せずにいられなかった。

「彼ね、うちの特待生なんだ。なんでだかわかる?」

「優秀だからだろう」

「そう、優秀だから選ばれた。それだけだよ」

 すべて承知の上か。それならと琢磨は黙っていることにした。

 見たところ、達彦は作為なしに巽と友人関係にあるようだ。悪いことからは足を洗っているようだし問題はないだろう。


 中川巽との共闘関係は二年続いた。

 その間に巽は青陵を三強の間に割り込む強豪校へと押し上げた。

 琢磨は四年かけて北部高等学校を卒業し、櫻花連合総長の座を退いた。

 だが子分たちが慕ってくるのは変わらないし、上部組織との調整役という重責も残っている。


 そこで琢磨は自宅のガレージを喫茶店に改装して開店することを思いついた。喫茶店のマスター。男のロマンではないか。

「素敵だね。それなら僕らみたいのも来やすくなるし、志岐さんに合ってると思うよ」

 手放しで喜んで、巽は開店の日に花を持ってやって来た。


「これ、妹です」

 紹介されたのは見たこともないような可愛い女の子。琢磨に向かってきちんとお辞儀をする。髪が長くて顔が小さくて目が大きくて姿勢がいい。

 琢磨は親戚の子どもが持っていた着せ替え人形を思い出した。


 だが、その子が琢磨のコーヒーを一口飲んで言った一言が、

「不味い」

 眉をひそめて不快感を表す。とても人形のようなどではない。

「お兄ちゃん、これは不味さを売りにするって手法なの?」

「そうか、斬新だね。さすが志岐さん」

 なんだ、この兄妹は。巽一人でも破壊力があるのに相乗効果抜群ではないか。


「悪かったな、コーヒーはまだ研究中なんだ」

「喫茶店だよね?」

「おう、パフェだって出せるぞ」

 ぱっと、表情が変わった。

「好きなのか? 食うか?」

 うんうんと満面の笑顔で頷く顔は人形みたいなんかではなく。

「よかったね」

「うん」

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