19-4.「……なんの騒ぎ?」

 中身を見て今日子が更に目を鋭くする。

「しかもこれはバレンタイン限定のハート缶です」

「マジか」

「本多くん、いくら私が凶悪な強奪犯だとしてもこんな本気度が高いシロモノはとても奪えないよ。ほんとはとっても食べたいけれど」

 中央委員長に淡々と言い聞かせられて本多は目を白黒させる。


「つうか高校生が買う代物じゃないでしょ。誰にもらったのさ」

「わからないです。マラソンから戻ってきたら靴箱に入ってて」

「ってことは、生徒からとは限らないってことですね」

「マジか。まさか先生とか」

「ちょっと、それはまさかと思いたい」

「つうか本多くん何者だよ、キングオブバレンタインだよ」

「いやあ。そう言われても……」

「これは確認が必要ですね、送り主を特定しないと安心できません」

「知らない方がいいことだってあるかもよ」

「なに言ってるの美登利さん、今こそ真実を追求するべし」

 和美はもうノリノリだ。


「……なんの騒ぎ?」

 遅れてやって来た一ノ瀬誠に訊かれたが綾小路は答えようがなかった。




「そうは言ってもどうやって調べよう」

「面と向かって尋ねるわけにもいきませんよね」

 昇降口前の廊下まで来て次の行動を考えあぐねていたとき、美登利が腰に手をあてて言った。

「ねーえ、生徒以外って先生とは限らないよね」

 美登利の視線の先には学食がある。


「ああ」

「厨房のおばさんたち、炊き出しに来てくれてましたね」

「まだ片づけの途中かも」

 よし、と目配せしあい三人は校舎の裏から厨房の窓の下へと回った。

 ちょうど作業が終わった女性たちがみんなでお茶を飲んでいるところだった。


「今日は天気が良くて良かったですね」

「子どもたちはかわいそうだったけどね。バレンタインになんでマラソン大会って、女の子たちが話してた」

「ははは、それもいい思い出だよね」

「ああそうだ、本多くん。すごい頑張ってましたね」

「うんうん。すごかったのは池崎くんだけど、わたしも本多くんを応援してた」

「かわいいんですよね。息子にしたいナンバーワン」

「挨拶するにも丁寧で優しくて」

「チョコレート気づいてくれましたよね」

「ちょっとあれ奮発しすぎじゃなかった?」

「いいじゃない、うちら全員の気持ちだもの」


 こそこそと渡り廊下のところまで戻って、三人は「はあー」と息を吐き出した。

「本多くんがマダムキラーとは」

「年配の人に好かれるくらい人間ができてるってことですね」

「疑問が解けて気がすんだ?」

 こうこくと頷いた和美がふと頭上を見上げるような仕草を見せた。芸術館の方からかすかにピアノの音が聞こえてくる。

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