15-2.「チョコレートが好きなんですね」

 そこでひらめいた考えに亜紀子はさすがに躊躇する。だけどやってみたい欲求もあって。

 妹のことを根掘り葉掘り聞いたら、彼は怒ったりするのだろうか。


「あの、妹さんて、どんな方ですか?」

「天使みたいな子だよ」

 即答。

「時々悪魔になる」

 くすくすとおもしろそうに笑う。そう言うあなたが天使で悪魔みたいなんですが。


「チョコレートが好きなんですね」

「うん、そう。オペラってケーキあるでしょう、あれがとても好きでね。作ってあげたらすごく喜んで、すごいねって食べずにずっと眺めてた」


 愛してる。愛してる。声からも表情からも愛しさがあふれ出ていた。

 どれだけの想いを内に秘めて彼が日々をすごしているのかがわかって、亜紀子は言葉を失う。


 クレープを受け取るときには手が震えてしまっていた。チョコレートの甘い匂い。

 彼の少し後ろを歩きながら亜紀子は途方に暮れてしまう。

 結局、彼はなにをすれば怒ってくれるのだろう。彼の怒りの感情を見たいのに。


 訳もなく目頭が熱くなってきて、あっと思う間もなく、なにもないところで躓いていた。

 べしゃっと口も付けていないチョコバナナのクレープが彼のコートの後ろに貼り付く。さすがに驚いた顔をして彼が振り向く。


 両ひざと両手を地面についたまま、亜紀子はそろそろと顔を上げる。怪我の功名というべきか。さすがの彼も怒るはず、なにをやってるんだと怒鳴るはず。


「大丈夫?」

 彼はコートに貼り付いたクレープのことは意に介さず亜紀子に向かって手を差し伸べた。

「痛かったの? 泣きそうだよ」


 ――実は僕、妹のことが好きみたいなんだけど。


 あのときのように、日差しを受けた彼の容貌は淡くはかなくまぶしくて、あのときとは違った感情で亜紀子の胸をかき乱す。


「どうして怒らないんですか?」

「……?」

「どうして、怒らないんですか!」

 たまらず叫んだ亜紀子に、彼は合点がいった表情で笑ってしゃがみこんだ。


「何かおかしいなあとは思ってたんだ。僕を怒らせたかったんだね」

 ごめんね、と亜紀子と目線を合わせて彼は静かに謝った。

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