9-4.「それ、ヤキモチ?」

 イライラした気分のまま午前中の授業を終え、綾香は昼休み、購買にジュースを買いに下りていく。

 中庭で正人がひとりでパンをかじっていた。


「今日は学食じゃないんだ」

 話しかけると正人はうんざりして答えた。

「うるさいんだよ。どいつもこいつも今日の放課後のことばっか。森村と片瀬は早く謝れとしか言わないし」

「そんなの自分が悪いんじゃない。騒ぎばっか起こして」

「それじゃまるでおれが悪いみたいじゃんか」


 まったく自覚のない正人の言葉に綾香は呆れるのを通り越して落胆した。自覚がない。この際それこそが大問題なのだ。


 花壇の縁に腰かけた正人の向かいに、膝を抱えて綾香はしゃがみこむ。

「池崎くんてほんと、中川さんに対してムキになるよね」

 てっきりものすごい勢いで反論してくると思ったのに正人は黙ったままだった。見上げると、クリームパンを口の中に押し込んでむしゃむしゃしている。

 しっかりと飲み込んだ後、正人はぼそぼそ答えた。

「見返してやりたいってだけだよ」


 正人はわかっていない。自分のことをわかっていない。綾香にはわかる。いつも彼を見ているから、気づいてしまった。

 正人がいつも中川美登利を気にしていることに。





 図書館の中でも奥まった、大型本が並ぶ書架の脇の机に美登利はいた。頬杖をついて行儀の悪い姿勢で植物図鑑をぱらぱら見ている。


 隣に腰かけ誠は訊いてみる。

「安西はなにを考えてるんだろうね?」

「こっちが訊きたい」

 ため息をついて美登利はますますぐてっとなる。

「どうせ面白がってるだけだろうけど」

「助っ人オーケー、チームを組むのもありだっていうけど、池崎くんはどうするんだろうね?」

「ひとりでやるって拓己くんに宣言したって。意地っ張りだよねぇ」


 感情のあまり読み取れない調子でつぶやくのは意識してなのか。誠は自分も頬杖をついて彼女と視線を合わせる。

「それなら俺が池崎少年に付こうかな」

 ちらっと瞳が瞬いて、けれど美登利はすぐにくちびるを引き結んでそれをコントロールする。少しの間の後、口を開く。


「あんたまで? みんなして池崎くんのことばかり。どうなってるの?」

 抑えても抑えきれないものが早い口調に出てしまっている。誠はくすりと笑って見せる。

「それ、ヤキモチ?」

 怒らせるつもりで言ったのに。美登利はゆっくり体を起こして背もたれに寄りかかり、空を見上げながら思いもかけないことを言った。


「私が男だったら、あんなふうだったかな」

 考えもしなかった。

「どうだろう、タイプが違うだろう」

「タイプが違う……」

 ゆっくりおうむ返しにし、美登利は苦く微笑んだ。

「そうか。ないものねだりなんだね、結局」

 昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。

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