7-5.「ここからが長いよ」

 しかし美登利はくちびるに指をあてて瞳を眇める。

「まだまだ。ここからが長いよ」

 首を傾げた和美だったがすぐに美登利の正しさを思い知る。


 最後にそれぞれの内野に残されたふたり、誠と綾小路はのらりくらりとボールを避け続けアウトを取られる気配を見せなかったのである。


「もういいだろ? 引き分けにしようぜ」

「なにをいうか、勝負がつくまで続けるぞ」

 当麻は頑として譲らず、メンバーたちは仕方なしに奮闘したが、誠と綾小路はいっこうに落ちない。安西の奇々怪々変化球からも逃れ続けているふたりである。


「わざとでいいから当たればいいのに」

「残ったのが他の誰かならそうしたかもしれないけど、お互い負けたくないって思ってる相手なわけだから」

「大人げなーい」

「ほんとうに」


 頷き合う和美と今日子の間でひとつあくびをし、美登利はおもむろに立ち上がった。

「帰る。付き合ってらんない」

「美登利さんが帰るならうちらも」


 次々とギャラリーがいなくなったグラウンドで白石が哀れっぽく声を上げた。

「もう、やめようぜ。なあ」

「でもね、一ノ瀬くんも綾小路くんも本気だもん。付き合うしかないんじゃない?」

 悟った様子で杉原が言うのにメンバーたちは空を仰いでため息を吐き出す。安西と当麻だけは未だに元気に掛け声を交わし合う。


 日も暮れて校内が夕闇に沈んでいく。まわりで練習していた運動部員たちも段々と引き上げていき、彼らだけが取り残された。

 そして……この試合の勝敗は文字通り闇の中に封印されたのである。





「……ということがあったのだよ」

「ははぁ」

「おーい、綾の字いる?」

 声をかけながら風紀委員会室に入ると机で書類にペンを走らせていた綾小路が顔も上げずに返事をした。

「なんだ?」

「当麻がさあ、またドッジボールの試合やろうとかって言いだしてんだけど」


 ぴくっと反応しペンを置いたかと思うと、綾小路は立ち上がって書棚の方へ向かう。

 船岡和美と森村拓己が不思議そうに見ていると綾小路は一冊の本を抜き出した。

「おまえらときたら適当なことを抜かしおって。ドッジボールは十二対十二と人数が決まっているではないか」

「え……」

 ばん、と綾小路が取り出したのは公式ドッジボールのマニュアル本。

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