第11話
何年ぶりだろう。
涙が一向に止まらない。
今までの分を取り戻すかのように泣いて泣いて。
泣き疲れてもう全く動けないくらいなのに、まだ涙が止まらない。
そんなあたしを、彼はそっとベッドに横たえる。しっかり手は繋いだまま。
あたたかい。
こんなくだらないホテルで、無駄にゴージャスなベッドにいて、こんなぬくもりを感じたのは初めてだ。
冷たくて、よそよそしくて、あたしを受け入れるのを拒む場所。
だからこそあの頃のあたしが一晩を過ごせた場所。
それが今は、すっかりあたしを暖めるものとなっている。
「もう一人じゃないんだよ」
諭すように彼は言う。
「少なくとも、オレだけはナオちゃんの思い、知りたい、と思う」
分かる、ではなく知りたい、と言う。
そんな思いが、ひどく彼らしいと思う。
自分の傷を誰かの姿に重ね、そっと見守ってくれていた彼。
自分の気持ちを押しつけるのではなく、こちらの思いをそっと察してくれる。
彼のことをそう知っているわけではない。
一回寝て、一回追いかけられて、ほんの少し話を聞いて、ただそれだけ。
それでも、それでも。
「そうすることで、ナオちゃんとつながれる気がするんだ」
つながる。
その言葉に、目が覚めたような気がした。
あたしはたぶん、つながりたかったんだ。
誰かのぬくもりと。
誰かのやさしさと。
でもあたしはどうしようもなくバカで、さらにどうしようもなく壊れていたから、心をつなぐことを怖れて、体ばかりつなげて。
そんなことであたしの穴は、埋まるはずないのに。
あたしの求めているものが手に入るわけないのに。
あたしはあたしの愚かさを笑う。
今つないでいるこの右手が温かいから。
生きている彼の手が、こんなに優しくあたしを包むから。
笑っていたいのに、決壊したダムみたいに涙が止まらなくて。
凍り付いた心が解凍されていく。
痛みも、ぬくもりも、喜びも、哀しみも。
全ての感覚が、等身大で伝わってくる。
何かを感じることを拒んでいた心が、ゆるゆる解きほぐされていく。
「ナオちゃん」
まだ泣き止むことができないあたしに、彼がそっと呼びかけてくれる。
生きている彼の声。あたしを思いやってくれる声。
泣きすぎて声も出せないあたしに気づいたのか、彼は握っている手に力を込めた。
その強さがうれしくて、あたしも強めに握り返す。
「ナオちゃん」
彼がやわらかく微笑んだ気配がした。
「明日、晴れたらいいね」
ふんわりとやさしく空気が揺れる。
そうだね、純也くん。あたしも思うよ。
晴れたらいいな、何年かぶりにそう思う。
明るい街を、彼と手をつないで歩いて。
にぎやかな人波を潜り抜け、明るいお店でモーニングを食べて。
そんな明日がくればいい。
泣きすぎて、ぼんやりした頭でそんなことを思いながら、あたしは眠りに落ちていった。
完全に意識が途絶える寸前に、閉じたまぶたにそっとキスを落とされたけれど、あたしにはもう動くことも目をあけることもできなかった。
前髪を撫でる感覚に身を委ね、あたしはずいぶん久しぶりにおだやかな気分で眠った。
そして、古びたセンスのないホテルの一室で、あたしたちは手をつないだそのままの態勢で朝を迎えたのだった。
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