第9話
なんでこんな状況になったんだろう。
純也くんに手を引かれながらあたしは思う。
話をしよう、そう彼は言った。
あたしも思わず頷いたけど、でもあたしには語るべき言葉なんてなくて。
何を話せばいいんだろう。
彼は何を聞きたいんだろう。
何で彼は追いかけてきたんだろう。
頭の中を疑問符ばかりが駆け巡る。
「なかなか静かなところってないもんだねぇ」
分からないことだらけで混乱しているあたしの横で、彼は呑気につぶやいた。
あまりに気負わなさすぎる様子に力が抜ける。
「落ち着けそうな喫茶店とかがいいんだけど。ナオちゃん、どこか知らない?」
彼はあくまでマイペースだ。
こんなにあたしは落ち着かないのに。
なんとなくイラっとして、あたしは彼の腕を引っ張った。
「ん?こっちにあるの?」
疑いもせずついてくる彼は、やはり単純なのだと思う。
あたしはその彼の単純に付け込もうと思った。
なんとか自分のペースを取り戻したくてあたしは賭けに出ることにしたのだ。
「ナオちゃん?」
困惑気味の声がする。
それはそうだろうとあたしは思う。でもあたしだって十分困惑したのだ。
静かで落ち着ける場所、と言った彼の言葉に、連れてきたのはホテルだった。
この前とは違う、それでも全く同じ用途のちゃちなホテル。
なんとしても二人の時間をあたしのテリトリーに持ち込むため、手段は選んでいられない。
「何一つ落ち着けないんだけど」
微妙にズレた突っ込みに、彼の人の好さがにじみ出る。
それでも。
「ナオちゃん何してるの?」
あたしは自分の着ている喪服に手をかけていた。
こうなれば強行突破でもなんでも、今のこのよくわからない現状を打破しなければ。
かつてない状況に、あたしもたぶんテンパっている。
「今日はそういうの、いらないから」
彼は脱ぎ進めようとするあたしの手を制した。
「さっきも言ったけど、話をしたいんだ」
緊張で手が震える。
服を着ているあたしは、服を着ていないあたしに比べて何倍も無防備だ。
カラダという鎧を使えないなんて、なんて心もとないんだろう。
「話したいことっていうのは、なんてことないんだけど、オレの気持ちなんだ」
そっとあたしの手に触れたまま、落ち着いた口調で話し出す。
「とりあえず座ろっか」
彼はあたしの肩を抱いて、ゆっくりベッドのふちに腰かけた。
あたしも黙ってそれにならう。
いつもよく見ているはずの趣味の悪いラブホテルの一室。
でも今は、まったく違うもののように見えた。
「オレさ、好きだったヤツ亡くしてんの」
カラっと何でもないことのように彼は言う。
「付き合ってはなかったんだけど。というか、コクるための待ち合わせの途中で事故で死んじゃった」
あくまで軽い口調だったけれど、その目が哀しみに染まっていくのが見て取れた。
「ずーっと好きだったヤツだから、もう信じられなくて。やっと勇気もって言おうとした途端だったんだ。しかもオレが呼び出しての事故だったから、自分のこと責めたりね」
きっと、言い尽くせないほどツラい思いだったんだろう。
彼の苦しみが伝わってくる気がして、胸が痛い。
それでも、彼のまなざしは哀しいけれど優しい。
きっと、何かを乗り越えたんだろう。
「しばらくはほんとに苦しくて、でもどうしようもなくて。そんなとき見つけたんだ。夜の街を漂う喪服の女の子」
驚きで、あたしは目を見開いた。
あのコンパの日のまえに、あたしは純也くんと出会っていた?
喪服姿のあたしを見つけていた?
さらなる混乱に陥っているあたしを見ている彼は、動じることもなくただ優しく微笑んでいた。
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