第7話

どうすればよかったのだろう。

あたしはどうなりたかったのだろう。


あの人のことを何も知らなかった。

あの人が死にたいくらいの何かを抱えていること。

それを分かち合う相手があたしじゃなく、ほかにいたこと。

あたしは、あたしの全てだと思っていたあの人の、どこを見ていたのだろう。


仕事もなく、着飾って外へ行く気力もない夜は、こんなとりとめのない思考に身を委ねている。

不毛で無意味な時間。

あの、舞ちゃんの話しを聞きにカフェに行った日から、どうも動く気になれない。


あれからほどなくして舞ちゃんと別れた。

何も言えなくなってしまったあたしを見て、

何かがあったことを察したのだろう。

会計に立ち上がったとき、そっと近づいてきた舞ちゃんは、やさしく背中を撫でてくれた。

これじゃあどちらの悩み相談だったのかわからない。

それでも、どうにも気力を建て直せなかったあたしは、そんな舞ちゃんの気遣いに甘えてみた。

そして、あたしの中でまだこんなにも、あの人が消えたという事実が重くのしかかっていることを知ってしまった。


もうどうにでもなれ。


あたしはひどくのろのろと着替え始めた。

普段みたいに地味なTシャツにジーパンでもなく、大きくスリットの入った煌びやかなワンピースでもなく、いわばあたしの正装。


真っ黒な喪服。


あの人の死からしばらくしてその事実を知ったあたしは、お通夜にもお葬式にも参列できなかった。

もちろん、知らないうちに「不倫相手」という立場に立たされていたあたしに、その資格はなかったのだけれど。

そして、その頃の習慣が、喪服で外を歩くというものだった。

知らない誰かと一夜を共にし始めるまで、あたしは一晩中、喪服のまま街を彷徨っていた。

喪服で繁華街をぶらつく地味な女を気にするような奇特な人間はおらず、あたしは誰に邪魔されることもなく独りの時間を堪能した。


独りになればなるほど、あの人に近づける気がした。夜の闇が深ければ深いほど、あの人の居場所に近づける気がした。

真っ黒な喪服は、そのためにどうしても必要なものだったのだ。


抱かれることを知ってから必要なくなっていたこの喪服に、久しぶりに袖を通す。

今日は誰にも声をかけられたくない。

そして、あの頃のような孤独を、今のあたしは切実に欲していた。


闇は闇と引き合う。

夜の闇に、喪服は違和感なく溶け込んだ。 

空っぽの体に暗闇だけを詰め込んだあたしは、どんどん闇と同化する。

そして、手には真っ赤な薔薇の花束。

あの人の好きだった花。

あの人に手向けることができない花を、あたしは夜に捧げる。

そんなチグハグなあたしを、誰もが遠巻きに眺める。そしてあたしはどんどん独りに浸っていく。


そう。それでいい。

今のあたしには、孤独の中しか気軽に息が吸える場所がないから。

大勢の中で窒息死するよりは、底冷えのする独りの世界に埋もれたい。

そう思っていた。

思っていたはずなのに。


「…ナオちゃん?」


まさか気づかれるなんて、ましてや声をかけられるなんて、想像すらしていなかった。

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