第3話

「ナオは月に似てるね」

そんなことをあの人は言った。

それは寒い冬、二人で熱々のうどんをフーフー言いながら食べていた時で、

そのあまりの脈絡のなさにポカンとしたことを覚えている。

「なんで月?」

「うーん…ギラギラした太陽みたいに自己主張はしないんだけど、暗い夜をしっかり照らしてくれるようなところかな」

真剣な様子でじっと見てくるから、なんとなく恥ずかしくなって目をそらす。

「あ、ありがとう…?」

とりあえずお礼。あげをつつきながら。

ほめられているのかからかわれているのか、正直いまいちわからない。

「だから、夜一人で歩いているとき、つい月を探して空を見上げてしまうんだろうな」

独り言のようにぽつんと落とされた言葉に、いよいよ真っ赤になってしまう。

それもこれも、うどんのせいにしてしまおう。

無言で甘いおあげさんを頬張る。

少しいたずらっぽい顔をして、うどんの汁を飲むあの人。

おかしな具合に静かになったテーブルを、やわらかい蛍光灯の光が照らしていた。


それは、あの人と最後にあった日の出来事だった。


あの人は私の前から忽然と姿を消した。

うどん屋で別れたあともラインしたり電話したり、まったく普通の日々を送っていた。手をつないで帰ったぬくもりも、話していた会話のテンポも、この体に染みついて離れなくて。

それなのに突然手の届かないところに行ってしまった。


突然連絡が取れなくなって、私は共通の知人やよく一緒に行った店、いろいろなところを探してみた。出張なら事前に連絡があるはず。事故なら私ではなくとも誰かのもとに連絡があるはず。それでも何一つ情報が得られなくて。

嫌われたのか、もう愛想がつきたのか、泣きたい気分で届かないメールを送ってみたりして。

そんな日々が一週間も続いたころ、一本の電話が入った。


それを聞いた私は、どうすれば良かったんだろう。

いまだに考える。あのとき、私がどうするのが正解だったのか、と。

追いすがって、なんでって問いかけて、怒って泣いて。

それができればどれだけ良かっただろう。

でも、私には為す術もなかった。

それを知ったとき、あの人はすでにこの世界にいなかった。

追いすがる体も、なんでって疑問を聞いてくれる聴覚も、怒って泣いている私を見つめる視覚も。何もかもが失われた後だった。

涙も出ない、哀しみとか驚きとか、そんな感情の混沌の中で。

ただでさえ受け入れられない事実にさらに追い打ちをかけるようにもたらされたのは、私にとっては絶望に近い情報だった。


あの人は、私ではなく別の人とともに自ら命を絶ったのだ。

私が全く、名前も存在すらも知らなかった「あの人の妻」という人と。


その夜から、どうしても月を見ることができない。

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