第4話
「ナオ—!」
偶然街で出会ってしまった。
バイトからの帰り道。ここは彼女のテリトリーから外れているはずなのに、珍しいこともあるものだ。
「このまえ、純也くんとどうだったの?」
美咲がうれしそうに聞いてくる。
コンパのあと、美咲に会うのは気が重い。
もっとも彼女と会って気が晴れたことなんて一度たりともないけれど。
あたしは澱んだ目で彼女を見上げる。
「なんだ、また一夜限りのお付き合い?」
口先だけはさぞ残念そうに、あからさまにうれしそうな感情をのぞかせて。
「私がナオだったら、すごいヤリ魔みたいに言われるんだろうな~」
ナオは得だね、なんて。
やりたくもない男とせざるを得ないあたしは得なんだろうか。
「純也くん、ナオのことかなり気に入ったみたいだけど」
あの男は純也くんという名前なんだ。
自分が寝た男の名前を知ったのは、ずいぶん久しぶりのような気がする。
「もうちょっとナオも、真剣に恋愛したらいいのに」
少しだけ心配そうに美咲は言う。
まるで友達みたいに。
「ま、また何かあったら声かけるからさ」
言いたいことだけ言ってしまえば満足したようだ。明るく笑って、友達みたいな人はかけていく。
”純也くん”のあと、あたしが何人の男と寝たのかも知らず。
餌食というのだろうか。
あたしを抱いた男。
あたしの罠にからめとられた男。
あたしは何も与えない。一瞬の欲望のみを吸いつくすブラックホール。
お金は取らないし取りたいとも思わないけれど、皆一様に何かを失った顔をする。
あたしを抱いた後。
あたしは何も失わない。
体は傷つけられても心には誰も届かない。
一致しない心と体をつなぎ合わせる何かに出会える、まぐれ当たりを期待するだけ。
それでもそんな奇跡はないってことも知っている。
絶望の集合体。
あたしの絶望は、男たちの何を奪っているのだろう。
どんな爪痕を残しているのだろう。
需要と供給の美しいバランスは、一体何を傷つけているのだろう。
どんどんカラっぽになっていくあたしには何もわからない。
朝の気怠さとか、派手なドレスのむなしさとか、そんなこと以外に何を感じればいいのだろう。
でも時々思い出す。あの手。
あたしの頭をくしゃくしゃっと撫でた不器用な手のひらを。
顔も思い出せないのに。
あたしが感じたいものに近いのかもしれない。あの手のぬくもりは。
だって温度を感じたから。
抜け殻の体をつきやぶって、心が。
あたしの心は、まだ生きてる?
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