でない
出ない。出ないんだ。うんこが出ない。どんなに踏ん張ってみても、どんなに気張ってみてもうんこが出ないんだ。ぼくの身体はいったいどうしちゃったんだろう。
最後にうんこをしたのは四日ぐらい前のことだ。それまでは毎日、学校から帰ってきてすぐに出ていたんだ。それが急に出なくなってしまった。
おしっこは今でも普通に出るけど、うんこが全く出ない。もしかしたらぼくは病気なのかもしれない。なんだかお腹の下あたりが重く感じている。そこにうんこがあるような気がして、トイレに行って踏ん張ってみてもやっぱり出ない。
もしかしたらぼくのお尻の穴が塞がってしまったのだろうか。そっとお尻の穴を触ってみる。ちゃんと穴が開いていた。うんこが出なくなる病気なんてあるのだろうか。
「ぼく、うんこが出ないんです」なんて恥ずかしくて誰にも言えない。
このままうんこが出なくなったらぼくはどうなってしまうのだろう。
身体の中で出ないうんこがグングン育って、ハロウィンの時に見たおばけカボチャのように大きくなってしまったらどうしよう。お腹が膨らんできて破裂してしまうかもしれない。
うんこが溜まっていって口から出てくるかもしれない。もしかしたら身体中にバイ菌が巡って死んでしまうかもしれない……。
どうしよう。ぼくはどうしたらいいんだ。
うんこを出したい思いで、思いっきりお尻に力を込めた。それなのになにも出ない。急にお尻がヒリヒリしてきたので、トイレットペーパーでお尻を拭いた。するとトイレットペーパーが真っ赤になっていた。血が出てる。お尻から血が出ていた。
死んじゃうんだ。やっぱりぼくはうんこが出なくてこのまま死んじゃうんだ。
大好きな唐揚げもハンバーグももう食べられなくなって、友達とゲームもできないし、お母さんお父さんにも会えなくなっちゃうんだ。そう思うととてもこわくなってきた。
嫌だよ。嫌だ。嫌だ。そんなの嫌だ。
「うああああん!」
「どうしたの? 何かあった?」
お母さんがトイレの前にやってきた。
ぼくはもうこわくなって、お母さんに全て話した。
「便秘、ですね」
目の前のお医者さんがそう言った。
ぼくみたいにうんこが出なくなることを便秘というらしい。
「お子さんの便秘って、意外と多いんですよ」
「食生活とかでしょうか?」
「まあ、それもありますが、多いのはストレスですね。例えば、学校のトイレが和式で排泄するのを避けたり、あとはクラスメイトにからかわれるのが嫌で排便を我慢したり……そういったものがストレスになることがあるそうです」
お医者さんとお母さんは難しい話をしている。
「ぼく、どうなっちゃうんですか?」
「心配しなくても大丈夫。すぐにうんちが出るようになるよ」
お医者さんは目を細めた。マスクをしていたけれど笑っているのが分かった。
良かった。ぼく助かるんだ。
「取り急ぎ、今日はここで浣腸して便を出しましょう」
カンチョウ? カンチョウってまさか、いつも学校でやってる肛門に指を突っ込むあのカンチョーのこと?
「よろしくおねがいします」
お母さんがお医者さんにお願いした。
ここでカンチョー。嫌だ。そんなことしたら学校のみんなに笑われてしまう。
「今準備するからね、このベッドで横になろうか」
お医者さんの横にいた看護師のお姉さんがベッドをポンポンと叩いた。
「嫌だ。カンチョー嫌だ」
「何言ってるの。うんち出せるのよ?」
お母さんがぼくを椅子から下ろそうとする。
「嫌だ。やりたくない」
「もう。どうしたのよ。ちゃんとお医者さんの言うこと聞きなさい」
「ここでするのも、痛いのも、見られるのも嫌だ! やりたくない!」
「痛くないから大丈夫だよ」
お医者さんがまた目を細める。
「嫌だっ!」
ぼくは椅子を降りた。もう帰る。こんなところでカンチョーなんかしたくない。
「こらこら、どこいくの」
お母さんに捕まってしまった。
「嫌だ! 嫌だ!」
「みんな外に出てるから。恥ずかしくないよ」
「嫌だ!」
「お母さん。一応ね、トイレに行って、立位でする浣腸もあるのですがね。その方がプライバシーは守れるので。ただその場合、直腸を傷付けやすくて、出来ることなら左側臥位――横になってしたいんですよね。特にお子さんなんで」
「そうですよね。分かりました」
お母さんは難しい話をした後、ぼくをじっと見た。
「いい? 今ここでお医者さんにお願いして、うんち出せなかったら、もうずっとうんち出なくなっちゃうのよ。うんち出したいでしょ?」
お母さんさんがじっとぼくを見てくる。お医者さんも看護師さんも見ている。
うんこは出したいけど、カンチョーはしたくない。でもきっとカンチョーしないとうんこが出ないんだ。だってよく友達にカンチョーされた時、お尻がムズムズしてうんこが飛び出そうになるんだ。
きっとお医者さんのカンチョーなら、すぐにムズムズしてうんこが飛び出してくるんだ。それでうんこが出るならその方が良いに決まってる。
「……うん」
「それじゃあ、そろそろトイレに行こうか」
カンチョーはあっという間だった。ぼくはベッドに寝かされお尻を出すと、看護師さんが「うんちしたくなっても、ちょっと我慢しててね」と言って、ぼくのお尻の穴に何かを差し込んだ。急にドロドロのうんこがしたい気持ちになった。それでも看護師さんが「もう少し我慢してね」とトイレに行かせてくれない。
そしてようやく看護師さんがトイレの場所を教えてくれた。
ぼくは漏れそうになるのを我慢しながら、トイレに入って便座に座った途端、ブリブリと黒くなったうんこがたくさん出てきた。
「良かったね」
看護師さんが言う。
「うんちはみんなするものだから、恥ずかしがらずにしたい時にするんだよ」
お医者さんが言う。
「先生、ありがとうございました」
「いいえ。お大事に」
「今日は頑張ったからハンバーグにしよっか」
お母さんがぼくの頭をポンと撫でた。
「うん! ぼくハンバーグ大好き!」
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