ある社会の願い

 ある社会の偉い人は困っていた。最近、毎日のように凶悪な犯罪事件が発生しており、そのせいで社会全体が不安な日々を過ごしていたのだ。なんとか安全な社会にしたく、部下のケー氏に相談を持ちかけた。

「犯罪者がいなくて安全に暮らせる社会にしたいんだ」


 偉い人の依頼を受けたケー氏は自宅に籠り、研究に没頭した。

 まず、ケー氏は図書館から借りてきた大量の本を読み漁った。そして過去数年間に起きた事件についてひとつずつ目を通して行った。

 町役場立てこもり事件、元交際相手怨恨殺人事件、大学生コテージ殺人未遂事件、ショッピングセンター誘拐監禁事件及び殺人・殺人未遂事件、河川敷首なし殺人事件など、凶悪な事件は何十件もあった。

 ケー氏はそれら犯人の特徴を調べた。犯行前後の行動、犯行に至った動機はもちろん、犯罪者の生い立ちや趣味などについても調べていった。

 犯罪者の中で共通しているものが見つかれば、「安全な社会」に向けての解決の糸口になるのではないかと考えたのだ。

 その結果、複数の犯罪者はアニメ好きだということが分かった。また別の複数の犯罪者はゲーム好きで、さらに別の複数の犯罪者は漫画好きだった。アイドル好きという犯罪者も複数人いた。

 さらに調べを進めていくと、複数の犯罪者はサッカーが好きで、さらに別の複数は野球が趣味で、登山が好きなものもいたし、ジョギングが好きなものもいた。また別の複数人は音楽好きだったし、さらに別の複数人は音楽好きの中でも、特にオーケストラが好きだったものもあれば、和太鼓が好きなものもいた。

 それから職業については、複数の犯罪者は非正規雇用者であって、別の複数の犯罪者は無職だった。さらに会社経営者もいれば、医者も学生も会社員も教員もいた。

 北国出身もいれば、南国出身もいたし、A型もいればO型もいた。四人家族の父親もいれば、母子家庭の子供もいたし、三十代もいれば六十代も二十代も八十代だっていた。

 つまるところ、犯罪者全員の共通項など何一つ見つからなかったのだ。

「ふむ。困ったな。これでは偉い人に報告できない……」

 ケー氏は、大量の資料を前に途方に暮れた。

 共通項といったら全員「人」であるぐらいしかない。

 何か資料に書かれていない共通項があるのではないか、ケー氏は三日三晩、寝ずに考えた。



 偉い人のところにケー氏がやってきた。

「ついに発見しましたぞ」

「ほう。安全に暮らせるようになるのか」

「もちろんですとも」

「一体何だ?」

「トイレです!」

「ト、トイレ?」

 ケー氏が言うには、過去数年間の犯罪者を調べたところ、趣味嗜好や生い立ちなどでは一切共通するものはなかったそうで、そのような要素では犯罪者の傾向は見出せなかったらしい。

 しかし、唯一共通するものとして、犯罪者全員が犯行前の四十八時間以内と、犯行後の四十八時間以内にトイレを利用していたというのだ。

「これは大発見ですぞ!」

 ケー氏は意気揚々と前のめりに説明した。

 四十八時間、寝ない人もいれば、食事を摂らない人もいた。しかしトイレだけは全員が利用していたのだ。

「つまりどうすれば安全な社会になるんだ?」

「つまりトイレを規制すれば安全な社会になるんです!」



 こうしてある社会ではトイレ規制法案が可決された。

 ・トイレの利用は五十時間に一回までとする。

 ・トイレ入室の際には、ICカード「UNCA」をかざして利用記録を残す。

 ・自宅トイレにもICカードリーダーの設置義務化。

 ・脱法トイレには罰則として三ヶ月間、下痢止めの使用を禁ずる。


 トイレを規制することで、極限まで排泄を我慢する。その苦しい思いを体験するからこそ、トイレに人が並んでいても、譲り合いの心や早く用を済ませようとする思いやりが芽生え、結果的に優しい心を持った人が増え、犯罪のない社会になると期待した。


 しかし、結果は散々だった。

 トイレを規制したところで、脱法トイレは増えるし、至るところで脱糞するようなクソが溢れ返るようになったのだった。

 クソッタレ!


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