このトイレは人がいなくても水が流れることがあります。

 男の横で倒れたカメラを手にした。「録画」になっているらしく、小さなモニターに自分の顔が映った。

 このような機械は操作したことがないため、録画を止める方法が分からなかった。

 適当にボタンを押していると、「再生」と表示された。

 これが今まで録画されていたものだろうか。




 さぁ、それでは今日も行ってみましょうか! 心霊スポットに行ってみたシリーズ! イェーイ!

 それではいつものように車に乗るところから撮っていきますよー。ま、編集するときにモザイク入れるんですけどね。僕の住んでるところバレちゃいますからね。身バレ防止です、はい!

 でもモザイク入れって難しいんですよー。じゃあ撮るなって話なんスけどね。

 よし。それでは出発。今回は西に向かっていきますよ。

 そうそう、嬉しいお知らせがあるんです! この前ね、この心霊スポット行ってみたシリーズの再生数をカウントしてたんスけど、なんと、なんと、なぁーんとぉー、おかげさまで総再生数が50万回突破しましたー! イェーイ! 拍手拍手!

 いやー、いろいろ危険な目にも遭いましたねー。一番酷かったのは、やっぱ前回の動画っスよね。あの廃村潜入。目の前に斧が落ちてきたときにはもう死ぬかと思いましたよ。マジであそこは絶対なんかいますよね。詳しく知りたい人は概要欄に動画リンクを貼ったんで、そっから見てみてくださーい。

 でね。今日行くところは、その前回の動画をも凌ぐと噂の心霊スポットなんスよ。

 知ってる人いるかなー。Z県の峠展望台の公衆トイレ。

Z県の峠って言ったら、旧国道の峠トンネルが有名じゃないスかー。トンネルのちょうど中央で車を止めて、ヘッドライトを四回パッシングすると、白いワンピースの女が突然現れるってやつ……。怖いっスよねー。そんなん出てきたらおしっこチビっちゃう。

 この前、僕の友達がドッキリ動画仕掛けられてましたねー。白塗りの白いワンピース着た男に驚かされてたやつ。いやーあれは笑った笑った。

 一応、今日、道中で峠トンネルの近くも通るんですが、まぁ、あそこは他の動画配信者もよく撮ってるんで今回はスルーってことで。

 別に怖いわけじゃないっスからね! いや、ほんとスよっ!


 さて。時刻は午前零時を過ぎました。問題の峠展望台まで、あと一時間ぐらいでしょうか。

 この連続S字カーブを抜けた先が峠展望台です。実はこの辺も心霊スポットなんスよね。九十年代、ここでドリフト走行していた走り屋が衝突事故を起こしたらしく、今でも夜になると、車のブレーキとも人間の悲鳴とも思える奇妙な音が聞こえるとか……。

 ちょっと車を止めてみましょう。あぁ、走っているとそうでもないですが、車を止めると、何か嫌な空気を感じますね。

 ほら、そこの側道。瓶に入った枯れた花。あれはまさに、ここで何かあった証ですよね……。

 道の両脇の鬱蒼とした樹々がより恐怖を誘ってま……え、ちょっと待って。いま、なんか聞こえませんでした? ちょっと静かに。……。

 ……ほら! ほら! 今聞こえましたよねっ! クェェェッっていうような音! マジで! マジ? え、え!

 ヤバイっスよね、ここ。とりあえず走りましょうか。ちゃんと録画してあるんで、後日、検証動画上げます!

 さて、峠展望台へ急ぎましょうか。

 これから行く峠展望台の公衆トイレなんスけど、今は使われてないトイレなんスよ。

 二十年前ぐらいに今までの展望台よりも高い位置に展望台を新しく作ったんスよ。その時に公衆トイレも新しく作って、古い展望台と公衆トイレは取り壊されずに今も残ってるんスよ。一応、入口には立ち入りを禁ずる看板があるらしいんスが、簡単に入れちゃうんスよね。若いカップルとか入ってそうっスよね。

 で、その旧公衆トイレの入り口に謎の看板が立ってるらしいんスよ。「このトイレは人がいなくても水が流れることがあります」ってね。

 男なら見たことあると思うんスけど、小便器の前に書いてあるじゃないですか。用を足したあと、小便器を離れると、赤外線が反応して、勝手に水が流れるやつ。

 排水口から臭いが上がってくるのを防ぐために、人がいなくても定期的に水が流れるようになってるんスよね。

 自動で洗浄してくれる機械がついているから出来ることなんスけど、これから行く古い公衆トイレにはそんな機械ついているわけないんスよ。それなのに「人がいなくても水が流れる」って、もうアレじゃないですか。何か霊的なものがいるってことっスよね!

 で。これからその真相を確かめに行くってわけっスよ。

 そうこう話しているうちにそろそろ着きますよ。ほら、見てください、あれ。「峠展望台、ココを右折」って看板。蔓が絡まってほとんど見えないっスね。さあ、曲がりますよー。いよいよです。


 さて。ここからは手持ちカメラで撮っていきます。それではこの先の展望台に向けて歩いていきましょう。

 暗っ。ライト点けましょうかね。ジャジャーン。ヘッドライト付き帽子!

 前回の廃村潜入の時の失敗を学びましたよ。あの時はカメラとライトで両手塞がってたんでね、転んだ時はマジ死ぬかと思った。今回は片手自由になりました!

 では、さっそく行きましょうか。……うわ、雑草だらけで歩きにくいっスね。

 ほんとにこんなところに展望台なんかあるんスかね……。どこが道か全く分かりません。下手すると展望台に辿り着く前に遭難してしまうなんてこともあるかもしれませんね。

 あ、でも、なんか開けてきた気がします。お……。おー、みなさん見てください、綺麗な夜景ですよ! 180度パノラマビュー!

 ここが旧展望台なんスね。結構遠くまで見えますねー。たぶんあの辺が僕んちです。おっ! なんか光った! 今、光りましたよね!?

 ひょっとして火の玉でしょうか。ここには何かを引き寄せる力がありそうですね……。いやーしかしほんと綺麗な夜景っスね。これは隠れスポットっスねー。でも勝手に入っちゃダメっスよ!

 え、僕ですか? 僕は……後で「良い子は真似しないでね」ってテロップ入れますので許してください!

 さて。冗談はここまでにして、いよいよ本題の公衆トイレに行ってみましょう。

 この先にあるはずです。

 あぁ、ありました! ここです、ここ! 意外とすぐ近くにありましたね。

 あ、ほら見てください、これ。噂通りの看板ですよ。

「このトイレは人……なくても水……流……ことが……ます」

 あぁ。所々、文字が消えてしまってますね。手書きなのがまた不気味さを感じます。

 では、入ってみましょうか……。

 左が男子トイレっぽいっスね。さあ、行きましょう。

 小便器が一つに、個室が一つ。なんだか、急に空気が冷たく感じますね。圧迫感のようなものを感じます。

 問題のトイレはこの小便器ですか……。古い形の小便器っスね。見たところ機械式の洗浄機はついていません。

 このボタンを押して水を流すようです。

 え、ちょっと。ヤバイ。僕、気づいちゃったスよ。見てください、この小便器。

 長らく使っていないはずなのに、小便器の内側が綺麗すぎません?

 ふつー、もっと黒ずんでるっていうか汚れてると思うんスよね。つまり、これって勝手に水が流れてるってことじゃないっスか?

 でもそういった機械がついてないってことは、ポルターガイストのような霊的な現象ではないでしょうか!

 それを確かめるべく、さっそく、ガチ検証を行なっていきます!

 僕、これから、このトイレで朝まで過ごします! もちろんカメラは回したままで。

 そうですね。この個室に入れば、アングル的に小便器も映るし、僕も映りますのでここにしましょう。

 カメラを固定して……よしっと。どうでしょう。これでうまい感じに映りますよね。

 水が流れればバッチリ撮れます。

 それでは、少し怖いですが、検証開始です!


 みなさん! 動きがありました。検証開始して五分も経っていませんが、火の玉のような光が公衆トイレの外で光っています。見えますか? 画面左の方です。

 先程、展望台で見たのと同じやつかもしれません。ここから出て直接捉えようと思ったのですが、火の玉の方から公衆トイレの方に向かってきているようです。

 静かに。こちらに来ます。

 ゆらゆら不規則に動いています。マジでこのあたりで命を落とした魂かもしれません。これはスクープだと思……え……うそ……。




 ガタン、と物音がした。

 音のした方を見ると、男が一人、個室で怯えたように座り込んでいた。

 男の横で倒れたカメラを手にした。「録画」になっているらしく、小さなモニターに自分の顔が映った。

 このような機械は操作したことがないため、録画を止める方法が分からなかった。

 適当にボタンを押していると、「再生」と表示された。

 これが今まで録画されていたものだろうか。

 録画の中身を確認する。

「カンラカカラノラ、カカニミニノニカイ、ノナスイ!」

 仲間を呼んだ。ライトを光らせた仲間がトイレの中に入ってくる。

「トナキチカチ、モニスチスイカイトニ、モチカカチ」

 仲間と相談した結果、このカメラは没収し、男の今日の記憶は消すことにした。

 宇宙条例により男に危害は加えない。

 ここは我々、地球外生命体が利用するパーキングエリアのひとつなのだ。

 我々だって生理現象はある。漏れそうになることだってある。だからこうして地球人の善意で公衆トイレを使わせてもらっているのである。

 最低限のマナーとして、使用した後はしっかりこのボタンを押して便器を洗浄しているのだ。

 我々、地球外生命体が使用できるトイレには、その土地の言葉で「」と書かれた看板が立っているのだ。

 よし。用も足したことだし、土星に向けて飛び立つか。

 男よ、今日はゆっくり休みなさい。

トチンラミチスチサヨナラ!」


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