昔からの習慣と癖
「よーう」
「おう。おはよう」
午前九時。区内の大きなスポーツ公園に老人たちが集まってきた。
「だいぶ寒くなってきたなあ」
「こうも寒いとトイレが近くなるなあ」
「そうだなー」
老人たちは寒そうに手をこすり合わせている。
「じゃあ、始めっかー」
「おう」
今日は地元のシニアクラブのメンバーで、ゲートボールを行う。十一月に他県交流会があり、そこでの試合に向けて練習するのだ。
ゲートボールは五対五で行うスポーツなのだが、三人も体調不良を理由に来られないらしく、七人しか集まらなかった。仕方がないので今日は三人制のゲートボールを行うことになった。六人がゲームに参加し、ひとり審判を行う。
高齢化社会で老人は増えているはずなのだが、ゲートボール人口は年々減少している。
定年になってもまだまだ働いている人が多い現代では、「老人のスポーツ」というイメージがついているゲートボールを新しく始めようと思わないようだ。
それから歳を取るにつれてコミュニケーションが疎ましく思うようになるのか、団体プレイよりも個人で楽しむスポーツの方が人気があり、最近ではグラウンドゴルフやパークゴルフにシフトしている。
「よぉーし、やるぞー」
このスポーツ公園にはゲートボール場が一面あり、ゲートも用具も用意されているため、すぐに始められる。
まずは先攻、敵チームの一番が赤いボールを置き、スティックで狙いを定める。「コン」という軽い音を鳴らし、問題なく第一ゲートを通過させた。続けてもう一打撃するが、第二ゲートは狙わなかったようだ。
後攻の二番、白いボールを置き第一ゲートを狙う。「コンッ」と力強い音でボールが勢いよく飛んでいき、ゲートを外す。
次に先攻三番が第一ゲートを通過し、続けてもう一打撃。第二ゲートを通過しやすい位置にボールを打った。
そして後攻四番。わしの番だ。この時点で、敵チームの一番、三番の赤いボールが第一ゲート通過している。ゲートボールの面白さはここからだ。
まずは第一ゲートに狙いを定め、正確に一打撃する。「コン」と音を鳴らし、第一ゲートを通過、そのまままっすぐ敵チームの赤い三番ボールの近くまで転がっていく。いい位置である。
もう一打撃。わしは三番ボールに狙いを定めた。「コン」と軽い音とともに、白の四番ボールが赤の三番ボールに当たった。
「はい、タッチ」
味方チームから掛け声が上がった。これによりスパーク打撃が打てるのだ。
先ほど当てた赤の三番ボールを手に取り、自分の四番ボールの横に置く。足で四番ボールを踏み、勢いをつけて打撃する。その衝撃で敵の三番ボールはコート外へと転がっていった。
「アウトボール」
味方が拍手をしながら叫ぶ。
さらにもう一打撃。腰を低くして慎重に狙いを定める。第二ゲートまで少し距離があるが、直線コースであるため難しくない。「コン」とスティックが辺り、白の四番ボールが軽やかに転がっていく。見事、第二ゲート通過だ。
そして、もう一打撃は、敵チームにタッチされないように遠くに飛ばした。
ゲートボールでは、最終的により多くのゲートを通過し、得点を獲得したチームが勝つのだが、敵チームに点を取られないようにタッチとスパーク打撃を駆使して、妨害していくことがゲーム戦略となる。そしてゲームの残り時間が少なくなった時に、一気に点を稼ぎ、ゴールポールにボールを当て「上がり」を狙うのだ。
わしはこういった戦略とチームプレイが好きでゲートボールをやっている。
もともと、わしは小さい頃からスポーツが好きで、小学生から中学まで野球をやり、高校大学とサッカー、社会人になっても、社会人チームを作り、四十代まで続けていた。ちょうどその頃、息子もサッカーに興味を示したので、近所の公園で一緒に遊ぶようになった。
五十代になり、さすがに九十分走り回るのは体力的に厳しくなり、サッカーをやめた。その代わりにスポーツクラブで水泳を始めた。
軽く身体を動かす程度にと考えていたのだが、思った以上に負荷があり、身体を動かすことが好きなわしには、十分すぎる程の満足感が得られた。ただ、個人で泳ぐことが基本のスポーツクラブの水泳では、誰かと競うことに関しては物足りなさを感じていた。
「ナイス、アウトボール」
八十六歳、チーム最高齢のジイさんがわしらのチームのボールをコート外にはじき出した。実は彼がわしをシニアクラブに誘ってくれたのだ。
六十五歳で定年し、七十歳間近になると、地元のゴミ拾いや防災活動など町内会で、地域との関わりが強くなり、そこで彼に誘われた。
その頃、水泳をする体力もなくなってきており、チームプレイで競うことができるゲートボールをやってみようと、参加したのだった。
激しい運動ではないゲートボールは、運動するには物足りないのだが、戦略プレイができるのは、若かりし頃のサッカーをしているようで楽しい。
「ゲームセットぉー」
「いい、ゲームだったなあ」
一試合目が終わった。結果は敵チームの勝ち。前半、有利だったわしらは逆転負け。技術もさることながら、ジイさんの戦略がチームを勝利に導いていた。スポーツはこれだから面白い。
一試合三十分で、今日は三試合行ったが、惨敗だった。十一月の大きな試合ではメンバーに選ばれるよう、頑張って練習していきたい。
家に帰ると、わしはすぐに風呂場に向かった。汗をかいた後のシャワーは最高だ。イスに座りシャワーを出す。
「シャー」という、キレのある雨のような音を聞いた途端、尿意を覚え、わしはイスに座ったまま、その場で小便をした。これがまた気持ちいいのだ。
いつからこの癖がついたのか、正確には覚えていないが、おそらくは小学生の時からだ。
野球をして泥だらけで家に帰った時、母にシャワーを浴びるように言われ、ひとりでシャワーを浴びた。その時、小便をしたのが始まりだったのだと思う。
以来、シャワーの音を聞くと、尿意を感じるようになり、風呂場で小便をする癖がついてしまった。
大人になって、結婚して、家を買って、子どもが出来て、サッカーから水泳に変わり、やがてゲートボールをやるようになった今日まで、この癖はなくなることなく続いている。
しかも困ったことに、この癖が原因なのか分からないが、最近では水の音を聞いただけで、排尿したくなってしまうのだ。
だから銭湯の洗い場でこっそり出してしまったこともあるし、雨の音で、つい漏らしてしまったこともある。
自分のことなのに排尿制御ができず、歳を取ったのだと、侘しく感じる時がある。
あぁ、また漏らしてしまった。
なんとも締まりが悪い。
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