勇者、腹を下す。
「う~、お腹壊したー」
「もぅ、またぁ?」
エルフの魔法少女が、俺の顔を見上げるように上目遣いで覗き込む。
「いや、だから。俺には、ここの食べ物が合わないんだって」
「でも、食べてたじゃん」
「なんも食べないわけにいかないからな」
俺は勇者。この前までコンビニでバイトをして、好きなアニメをみて、本屋でラノベを買って、寝て起きての生活だったが、ある日、空から「キミもここで働かないか!」という若者向けの求人看板が振ってきて、見事に頭に的中し、気がついたら、
まあ、いわゆる転生したら勇者になったってやつ。
ただ、俺は魔法が使えるわけでもないし、レベルが99あるわけでもないし、俺強いわけでもない。チート能力なんてない、ただの人間だ。
じゃあ、なんで勇者になったかって?
この世界にいる住人と比べて、俺だけ、でかいからだ。どのくらいでかいかって?
有名な『ガリバー旅行記』やアニメ「突撃の巨人」のようにバカでかい。そのでかさを活かし、魔王を倒しに勇者になったのだ。
……というわけではなく、ほんの一回りぐらいしかでかくない。
というか俺の身長は、171cmのどこにでもいる成人男性、そしてこの世界の住人の平均身長が150cmで、なんと20cmしかでかくない。
しかし、どういうわけか、突然現れた長身の俺を「彼は神が与えてくれた戦士なのだ」と、この国の国王に
それからいろいろあって、こうして魔法少女と魔王退治の旅をしている。
「うんこ? うんこするの?」
「女の子が、そんな言葉いうなよ」
こいつは身長148cm。まるで子供のようだが、21歳の成人女性。魔法大学も出ている。やや白みがかったサラサラの髪に、ちょこんと尖った耳。そして大きな胸。でかいという表現はこういう時に使うもんだと思うぐらい巨乳。
そんな美しい顔と身体の持ち主が、透き通ったブルーの瞳を輝かせ、「うんこ」と連呼しているのだ。
「うんこ? どうしてうんこって言っちゃだめなの? うんこ?」
「あのなぁ……。イテテテテ」
腹に激痛が走った。
「大丈夫? はやくうんこしなよ」
「次の村までどのくらいだ?」
「あと2日かかるよ? どうして?」
「いや……なんでもない。いいんだ」
2日も我慢できるわけがない。
「……わかったよ。ちょっとここで待っててくれ」
そう言うと俺は、道を逸れ茂みの中に入った。鎧を外し、布製の着衣のみになる。下半身裸になり腰を下ろした。
力むことなく、液状のものが流れるように地に放たれる。
ああ、トイレが恋しい。ここで一発、温水洗浄をしたい。
以前、この世界の大きな街で、和式トイレに似たトイレと出会ったことがある。
ただ、そこは水洗ではなく、下に溜まるだけで臭いがキツかった。しかも個室でも男女別でもなく、たくさん並んだトイレにおのおの便を垂らすのだ。恥ずかしいことこの上ない。
「うんこ、終わった?」
魔法少女がしゃがんでいる俺を見た。
「――ッ! ちょ、おま……」
「おー。してる、してる♪」
「おい、こっち来んなよ!」
俺は大きな葉っぱをむしり取り、そそくさと尻を拭き、急いで服を着た。
「もういい?」
「……ああ、いいよ」
魔法少女は、俺の出した便に向けて両手をかざした。
目をつむり、なにやら呪文を唱えると、光が俺の便を包み込んでいき、やがて跡形もなく消えてしまった。
「よし、おしまい♪」
魔法少女は笑顔で俺を見る。
「ん? どうしたの? まだうんこでる?」
「……」
だからしたくなかったのだ。闇族に臭いを嗅ぎつけられないように、集落以外での排泄物はすべて魔法少女によって消されるのだ。
それはつまり、俺の排泄物を魔法少女がまじまじと見ることを意味しており、集合トイレで便を垂らすよりも恥ずかしい。
しかも今回は、しゃがんでしている最中から見られた。こんな可愛い女の子に。
「お腹痛いの? うんこ? うんこなの?」
「うんこ、うんこ言うな。もう行くぞ」
俺は、恥ずかしさのあまり、急いでその場を離れた。
「あ、待って。鎧着てないよ」
「……」
その日の夜は、キャンプとなった。自生している果実と、途中で倒したモンスターを食らう。
魔法少女はファストフードのフライドチキンのようにモンスターを食っている。
俺も躊躇いながらもモンスターの足を囓る。
「ね? うまいでしょ♪」
「あ……ああ。まあまあかな」
確かに、衣のないフライドチキンのような味がする。調味料を加えたらもう少し美味しくなりそうだった。
反対に自生している果実はクソまずかった。ドラゴンフルーツのような形で、切ると中から、粘性の持った紫の液体が出てきた。
味は湿布、メンソール、歯磨き粉に、超すっぱい梅を混ぜた感じ。
少し舐めて止めたが、これ、絶対腹壊す。
「もう食べないの? これ疲れ取れるんだよ」
「ああ、そんな感じるするな」
「ほい、あげる」
「いや、いい……いいから」
「それじゃあ、おやすみ」
「ああ、おやすみ」
俺らは同じテントの中で、並びながら床に就いた。
明日には村に着く予定だ。村には闇族に詳しい戦士がいるのだ。
魔王を倒しに行くことを話し、仲間に入ってもらう予定だ。
だから、こうして魔法少女と2人っきりの旅は今日が最後かもしれない。そう思うと胸が苦しくなった。もう少しこのままでいたかった。俺はちょっとした恋心が芽生えたのかもしれない。
彼女はすでにすぴー、すぴーと寝息を立てて寝ている。白く美しい寝顔だ。
魔法少女よ、おやすみ。
「痛ッ! クッアァ、痛い!」
「なに? どうしたの?」
苦痛に満ちた俺の叫び声に、彼女はビックリして起き上がった。
「腹がぁぁぁぁー」
「えー。またお腹壊したの?」
「ヤバい。スッゲー痛い。イタタタ」
絶対、あの果実だ。
「もぅ。せっかく寝てたのにー」
「あんなもん食わせるからだ」
「うんこしてきて。はやくー。うんこ、うんこ」
「やめぇい!」
雰囲気がぶち壊しだ。そして俺はまた魔法少女に排泄物を消してもらわなければならない。苦痛だ。
第1章37話 完
***
僕は立ち読みしていた『転生して勇者になったが、異世界の食べ物がクソ合わなさすぎて下痢をする』を平積みの山に戻した。
読んでいた本の内容も関係しているのかもしれないが、本屋に来ると、どうもトイレが近くなる。
この現象、「青木まりこ現象」と言うらしい。変わった名前だ。
僕は本屋の隅にあるトイレに向かった。そこに魔法少女はいなかったが、温水洗浄はあった。
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