ミッションクリア

 よし。このミッション、絶対にクリアするぞ。

 ぼくはそう誓い、ベッドの上で目を開けた。部屋は真っ暗だ。上のベッドには直属の女上司が寝ている。

 女上司を起こさないようにゆっくりと身体を起こす。

 今回のミッションを頭の中で手短にまとめた。


 今回のミッション、それは、施設内の人間に見つからずに、施設最南端にある汚物処理室に行き、そこで体内に蓄積された黄金色に輝くゴールデンウォーターを排出することだ。

 おっと。忘れてはいけないことがあった。施設内に徘徊していると思われるゴーストにも注意だ。もし、ゴーストに出会ったら殲滅せんめつ作戦を実行する。

 

 無駄な時間はない。こうしている間にもゴールデンウォーターは身体をむしばんでいるに違いない。

 ぼくは女上司を起こさぬように、ゆっくりベッドから降りた。

 音を立てぬよう静かに歩き、部屋の武器庫から、マシンガンとナイフを手に取った。

 床がギシギシならないようゆっくり移動し、そっと部屋の扉を開ける。

 部屋の先には、セントラルルームがある。セントラルルームは、ぼくらの就寝室の他、この施設の最高司令官の部屋、さらには隊員の食事処兼調理場、そして汚物処理室へと続く廊下へと繋がっている。

 セントラルルームには、施設内外に情報発信し、また、情報を収集する機器が揃っている。

 パソコン、テレビ、電話、インターネット設備、無線機器などだ。

 それらの機器から、待機電源を表す赤いライトであったり、チカチカと通信をしている緑色のライトが灯っていた。

 その薄暗い明かりのおかげでセントラルルームはぼんやりとだが、部屋の様子が窺える。ゆっくりと見回すが誰もいなそうだ。


 クリア。

 

 心の中で合図を出し、セントラルルームへと足を踏み入れた。

 マシンガンを構え、ゆっくりと移動する。

 

 ところが、すぐに歩みを止める事態に至った。


 スキッピーだ。施設内で飼われている警察犬だ。スキッピーがセントラルルームの床で寝ているのだ。

 彼を起こしてしまったら、施設内を駆け巡り、警報アラームのごとく異常を知らせてしまう。

 ここはなんとしてもスキッピーを起こさず、突破しなくてはならない。

 

 ぼくは再び歩き出した。一歩一歩確実に音を立てずに……。


 ゆっくりと……


 スキッピーの目の前を……


 ゆっくりと……


 抜けた。問題なくスキッピーの前を通り抜けることが出来た。

 しかし、すぐに次の問題が発生した。

 最高司令官室の扉が開いているのだ。この部屋には最高司令官とその妻、そして最近生まれたばかりの赤子が寝ている。

 ここの扉は引き戸になっている。2枚分の扉板が開いていて、セントラルルームに向けて大きく口を開いている。

 そして部屋のすぐ横にベビーベッドが置かれていた。

 

 スキッピーの時と同様に、静かに歩き出した。ここを越えれば、汚物処理室までもう一歩だ。一歩一歩確実に音を立てずに……。


 ゆっくりと……


 ベビーベッドの目の前を……


 ゆっくりと……


 ブゥー。


 突然音が鳴った。しまった。音の鳴るスキッピーのおもちゃを足で踏んでしまった。

 僕はその場で固まる。


 ……。


 ……よし。どうやら大丈夫そうだ。誰も起こしていない。

 異常なし。クリア。

 先を急ごう。ゴールデンウォーターが漏れ出そうだ。このまま汚物処理室へ一直線だ。

 食事処兼調理場を抜け、汚物処理室へと繋がる廊下の扉を開けた。

 

 そこは真っ暗な廊下だった。セントラルルームのように機器類から漏れる明かりもない。

 マシンガンを構え直す。この場所ではゴーストが発生すると女上司から度々聞いている。

 女上司によると、ゴーストは、髑髏どくろだそうで、目や鼻の穴から大量にウジ虫が涌いて出ているのだそうだ。そして髑髏はカチカチ、カチと歯を鳴らしながら飛びかかってくるらしい。

 しかも複数……。

 もし、もしゴーストが出たら、このマシンガンで殲滅だ。それからもし、もしゴーストが飛びかかってきて捕まってしまったら、このナイフで骨をぶった切ってやる。

 ゴーストのことを考えたら、ゴールデンウォーターが出そうになった。

 天井か? 壁からか? それとも床か?

 どこからゴーストが出てもいいように、マシンガンをあらゆる方向に向けながら歩く。

 

 髑髏のゴースト。

 髑髏のゴースト。

 殲滅してやる。髑髏のゴースト。


 そうやってなんとか汚物処理室まで辿り着いた。


 汚物処理室の明かりをつけた。暖色系の明かりが灯る。ここは安全地帯だ。

 マシンガンとナイフを置き、ゴールデンウォーターを出す準備をする。

 そして、体内に蓄積された黄金色に輝くゴールデンウォーターを一気に出した。

 

 汚物処理ボタンを押すと、渦を巻くようにゴールデンウォーターが処理されていった。

 やった。ひとまずクリアだ。帰路に着こう。


 ぼくは再びマシンガンとナイフを構え、廊下に出た。

 ――と、そこに女上司が立っていた。


「わぁっ!」

 驚いて声を出してしまった。


「あんた、なにやってんの?」

「お姉ちゃん、びっくりしたなぁ」

「なんで、そんなもんもってトイレにいるの?」

 ぼくより三つ上の女上司――お姉ちゃんは、おもちゃのマシンガンとナイフを見ている。

「おばけが出たら退治しようと思って」

「あぁ。そっか、あんたももうお兄ちゃんだもんね。だから一人でトイレに行ったんだ」

「うん……。怖かったけど」

「えらいね。お姉ちゃんも夜ジュース飲み過ぎちゃって。悪い姉弟だね」

 お姉ちゃんは「ふふふ」と笑う。

「廊下の電気つけて良いから、ちょっと待ってて。一緒に帰ろう」

「うん。電気つけたらおばけ怖くない」


 やっぱりお姉ちゃんは頼れる直属の上司だ。ぼくも頼れるお兄ちゃんにならないと。



――ミッション、クリア。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る