優しい気持ち -his side-

 彼女が借りてきたSF超大作は、さっきまで激しい空中戦を繰り広げていたが、シリアスなシーンに入った。

 司令本部の決断を迫られるシーンだ。

 俺は、彼女とソファに座りながら映画を観ていた。目の前のテーブルには、映画前半で食べ尽くしてしまったホットデリやポテトチップスの空袋が散乱している。2リットルのジンジャーエールもほとんどない。

 彼女が突然立ち上がった。


「ん。ちょっとトイレ」

「お、止めておく?」

 俺は映画を一時停止しておこうか提案した。

「ん。大丈夫」

「うい」

 彼女はそそくさと立ち上がり、キッチンの向かいにあるトイレに入っていった。

 曇り加工を施したポリスチレン樹脂の2枚折戸から明かりが漏れる。

 俺はテーブルの上にあるリモコンを手に取り、「音量」を2段階上げた。


――司令官、そんな冷徹なこと、俺にはできません


 台詞の声が大きくなる。

 彼女は我慢していたにちがいない。あんなにジンジャーエールを飲んでいたらトイレも行きたくなるだろう。

 俺の家は十八平米のワンルームで小さな部屋に小さなユニットバスがくっついている程度だ。トイレでする音なんかもすぐに部屋まで聞こえてしまう。

 彼女が気を遣わないように、音量を大きくしたのだ。

 先ほど映画を一時停止しようとしたが、あれは失敗だった。映画を止めていたら、音のない静かな空間で、彼女のする音だけが聞こえるようになってしまうのだ。きっと彼女が恥ずかしい思いをするにちがいない。


 トイレから水が流れる音がする。「音消し」用の水だろう。

 

 しばらくして2回目の水が流れた。


 トイレの明かりが消え、彼女が出てきた。


「ほい、おまたせ」

「お。はやいね」

「急いできた!」

「司令官、拒否したよ」

 映画の内容を伝えると彼女は「うそーっ」と驚きながら、ソファに座り、映画の続きを観た。


 映画終盤では、最大の見せ所である空中決戦が大きすぎるほどの音量で壮大に繰り広げられた。

 ああ、そうだ。音量を下げるのを忘れていた。

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