優しい気持ち -her side-

 ピンポーン。


 いつものように彼の部屋のインターホンを鳴らす。あたしは一歩下がって彼を待った。


 ガチャ。


 しばらくすると彼がアパートの扉から顔を覗かせた。

「よっ」

 あたしは右手を挙げ、彼に挨拶する。

「おう」

 彼もあたしに挨拶する。

 玄関で靴を脱ぎ、中に入った。左手には一口コンロ付きの小さな台所、右手にはトイレと風呂が一緒になったユニットバスの2枚折戸、それらに挟まれた一畳ほどの通路を抜け、六畳一間の部屋に行く。

 都会の典型的な一人暮らし用のワンルームだ。

「じゃーん、見てこれ」

 あたしは鞄からレンタルビデオ店の袋を取り出し、彼に見せた。

「お。映画?」

「そう。しかも……」

 ジュッぱっ、と袋のマジックテープを引きはがし、タイトルが見えるようにDVDケースを見せる。

「じゃじゃーん」

「おー、新作じゃん。借りれたんだ」

「そうそう。すごいでしょ。みよみよ」

 あたしが借りたのは最近レンタル開始されたハリウッド映画だ。

 地球を侵略しようとする宇宙人と地球連合軍との戦いを描いたSF超大作である。

 彼が前に近所のレンタルビデオ店で借りようとしていたけれど、全品貸し出し中だったのを覚えていた。

 あたしの家の近所のレンタルビデオ店で、たまたま一本だけあったのを見つけて借りてきたのだ。

 

 ガチャ。ヴィー……ヴィ、ヴィ、ヴィーン。


 彼が冷蔵庫を開け、中を見ている。冷蔵庫から低い変な機械音が聞こえる。壊れているのだろうか。

「うーん……。飲み物ないなぁ。コンビニ行こうか」

「ほーい」

 あたしたちは軽食を買いに近くのコンビニに向かった。


 シャンシャンシャン、ジャーンッ!

 コンビニでは最近流行のポップスが流れていた。

――お送りしたのは、CDランキング2週連続1位の……

「コーラでいい?」

「あ、あたしジンジャーエールがいいな」

「うい」

 彼はジンジャーエールのペットボトルを取り出し、カゴに入れた。

 コンビニのドリンクコーナーは彼の家の冷蔵庫のように変な機械音はしなかった。

「飲む?」

 彼はお酒のショーケースを指さす。

「んー。お酒はいいや」

「うい」

 それから彼はスナック菓子をぽいぽいっといくつかカゴに入れた。

「ジャンボジャイアントウィンナーと、チキチキフライ、あと鳥串も」

 ホットデリもいくつか買った。



 ウィーン。

 DVDがプレーヤーに吸い込まれていく。

 部屋の電気を消し、ぷしゅっとジンジャーエールのペットボトルを開ける。

「かんぱーい」

「ういー」

 配給元のロゴが表示され、映画が始まった。


 ばりばり、ぼりぼり。

 ゴクゴク……ぷはぁー。

 ちゅどーんっ! ドドドドドドドドドッ。ドカーンッ。

 シャクシャクシャク、ごくん。

 ギュィィィィン……ぴぎゃぁぁぁ。

 ゴクゴク。しゅわしゅわしゅわ~……。


 映画の壮大な効果音が、飲み食いしている音と同様に聞こえる。

 

――チクショウ! JHN5がやられたッ!

――RBZ、後は頼むっ!

「やばい、やばい、後ろから来る!」

「ひぃー」

 あたし達は思い思いにツッコミながら映画を観る。


 映画はしばらくして、シリアスなシーンに入った。

 さっきまでの激しい空中戦から打って変わって、司令本部の決断を迫られるシーンだ。

 さっきまで食べていたお菓子ももうない。

 緊迫したシーンだった。

 

 今行くか、今しかないか。間が悪い気もする。だけど、あたしは我慢できなかった。

「ん。ちょっとトイレ」

「お、止めておく?」

 彼は映画を一時停止してくれようとした。

「ん。大丈夫」

「うい」

 そそくさと立ち上がり、ユニットバスの2枚折戸を開ける。


 ガラガラガシャン。カチャ。


 静かなシーンだけに、部屋の音が大きく聞こえる。

 あたしはズボンと下着を降ろし、座った。


――司令官、そんな冷徹なこと、俺にはできません


 映画の声がユニットバス内にも聞こえる。映画の声が聞こえると言うことはこちらの音も聞こえるかもしれない。

 あたしは「小」のレバーをひねり水を流した。

 そして――


 ぷしゅぅーー……。


 オナラをした。

 あんなにポテトチップスやホットデリを食べたらオナラも出る。

 でも、彼の前で音が出たら困るし、何より臭いがしたら嫌だったので我慢していた。……していたのだが、いよいよ耐えられそうになくなったのでトイレに駆け込んだのだ。

 ついでにおしっこもしておく。


 ジャーと水が流れる音に合わせて、おしっこをだす。勢いがついて音が大きくならないように。

 最後にもう1回、「小」のレバーをひねった。


 ジャーーッ。ゴポゴポゴゴ……。


「ほい、おまたせ」

「お。はやいね」

「急いできた!」

「司令官、拒否したよ」

「うそーっ」

 そして何事もなく映画の続きを観た。

 映画終盤では、最大の見せ所である空中決戦が大音量とともに壮大に繰り広げられた。

 

 ババババババ。びゅーん!

 きゅるるるる、ボーンっ!

 ブッブッブッー、ぶぶッ!


 よかった。あたしの音、こんな大きくなくて。

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