夢をみた

 そこは辺り一面、青い海が広がっていた。波はなく、砂浜もなく、浅瀬の海がずっと続いていた。

 前も後ろも、見渡す限り海だった。遠くの水平線はゆるやかにカーブを描いており、この星が丸いことを物語っていた。

 見上げると、海の青さよりもより蒼い空と、背の高い入道雲、そして太陽が輝いていた。

 太陽の刺さるような光は水面に反射し、きらきらと輝いている。

 ぼくはそこに全裸で立っていた。

 誰かに見られていないか、あたりを見回すが誰もいない。船の影も、飛行機の軌跡も見当たらない。

 どこか他の惑星に来たような静けさだ。

 ふと視線を正面に戻すと、そこには小便器が立っていた。何のひねりもない至極一般的な、ややクリーム色の男性用小便器が一つ立っていた。

 ぼくは尿意を催した。青い海、裸の男、目の前には小便器。こんな状況なら誰だって尿意を感じるだろう。

 ぼくは小便器に近づき、両手を添え、放尿をしようとした。

 


 と、そこで目が覚めた。トイレの夢を見たことを覚えていた。

 ぼくは慌ててトイレに行こうとベッドから起き上がったが、特に尿意はなかった。変な夢を見た。

 暗闇の中、青く光るデジタルLED時計に目をやる。午前4時20分だった。

 ぼくは再び眠りについた。



 ゴォォォォ――、ゴォォォォ――

 大きな音とともに怒濤どとうの水が飛沫しぶきをあげ落下する。10階建てのビルならすっぽり入ってしまいそうなぐらいの落差がある滝だ。

 滝は目の前を270度取り囲む。まるでブラジルにある世界最大の「イグアスの滝」のようだ。

 ほとんど洪水にように止まることのない水と、鳴り止むことのなく連続する落下音。

 ゴォォォォ――、ゴォォォォ――

 水飛沫が霧となってあたりを煙のように包む。

 ぼくは滝壺からその滝を見上げていた。観光用に作られたであろう1畳ほどのスペースの上に立っていた。

 床はウッドデッキ、左右と背面には安全柵が取り囲む。

 そして、目の前には小便器だ。丸みを帯びたやや旧式の小便器がひとつ立っていた。

 ぼくは尿意を催した。流れる滝の水。豪快な落下音。そして小便器。こんな状況なら誰だって尿意を感じるだろう。

 ぼくは小便器に近づき、チャックを降ろし、放尿しようとした。



 と、そこでまたもや目が覚めた。2日前に見た、海にあるトイレの夢と同じだった。

 特に尿意を感じないのだ。

 暗闇の中、デジタルLED時計を見ると、午前3時過ぎだった。

 ぼくは起き上がり、念のためトイレに向かった。

 洋式トイレの便座をあげ、その時を待った。尿意がないのでしばらくしてから、ちょろちょろと尿が出る。

 夢に見た滝の水とは比べものにならないくらい弱々しい水量だ。

 やはり尿を我慢していたわけではなさそうだった。

 部屋に戻り再び眠りについた。



 それはエレベーターのようだった。全面ガラス張りの箱の中にぼくはいた。壁面はもちろん、床も天井もガラスで外が透けている。

 エレベーターのようにワイヤーでつり下げられてはいないが、エレベーターのように扉はあった。もちろん扉もガラスで外が透けている。

 そのガラス張りの箱は、地上に向かって落ちている。速度は一定で、かつ緩やかだった。まさにエレベーターのような落ち方だ。

 服も着ているし、小便器もない。

 地図アプリの航空写真のように、一直線に地上に向かっている。床面には、どこかの都市が見えた。無数のビルの屋上が近づいてきている。

 ふと、ガラスの扉の上を見ると、赤くデジタル数字が光っていた。

 数字は3桁表示されていて、カウントダウンしていくように徐々に数値が減っている。

 階数ではなさそうだ。標高でもなさそうだ。

 その何を表すか分からない数値が、2桁になった頃、箱はビル群の中へ入っていった。

 高層ビルのガラスを窓ふきするゴンドラのように、箱はビルのきわを降りていく。

 そして数字は10を切り、5を切り、地上へと近づく。

 4……、3……、2……、1……


 数字がゼロとなったと同時に、箱は地上に降り立ち、そのまま地下へと潜っていった。

 視界が一気に暗くなる。赤く光るデジタル数字だけが、不気味にあたりを照らしている。

 しばらくして箱は止まった。


――チン


 滑稽な音が鳴ると、ガラス張りの外にスポットライトが灯った。

 スポットライトは、小便器を煌々と照らしていた。都会的なモダンな小便器をアートのように照らしている。

 そしてガラス張りの扉が開く。ぼくは箱を出た。



 そこで目が覚めると青白いLEDの光が時刻を知らせていた。午前3時45分。

 やはり尿意はなかった。


 立て続けに見ていたトイレの夢はこれ以降見なくなった。




 それから数ヶ月後に症状が出始めて、さらに数ヶ月後に病院へいった。

 ぼくは前立腺がんで、明日手術する。早期発見だった。

 もしかしたらあの時見た夢が教えてくれていたのかもしれない。

 そんなことを思い出しながら、手術前日、最後の眠りについた。

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