入ってます

 ここは7階建ての雑居ビル。大きなビルとビルの隙間を埋めるように建っていて、ワンフロア、1テナント入居の縦長の狭いビルだ。

 1階にはマルゲリータの食べ放題があるイタリアンバルが入居しており、イタリアンバルの入り口から見て左側にビルの奥まで続く小さな廊下がある。廊下の先にはエレベーター、非常階段、そしてトイレが集約されている。外観や壁の傷み具合から築30年といったところだろう。

 これはこの雑居ビルの5階に入居している従業員50人前後の小さな会社の小さなトイレでの出来事である。


 ある新入社員の男がトイレに入ってきた。

 男子トイレは小便器が2つ、背面に個室が2つあり、そのうちの奥の個室に男は入った。

 男はズボンを降ろし便座に座るやいなや、体内で生成されたモノを、大きな音を立てながら一気に外に出していく。どうやら仕事が一区切り着くまで我慢していたようである。

 程なくして、腐ったニラのような強烈な臭いが便器の中からこみ上げてきて、個室全体を包み込んだ。

 男は不快な顔をしながら、背面にある水洗レバーに手をかけ、水を流す。

 排便による爽快感なのか業務からの解放感なのか、男は個室でそのまましばらく物思いにふけっていた。

 すると別の男がトイレに入ってきて、小便器で用を足していく音が聞こえてきた。


 

 突然、トイレの照明が消えた。真っ暗である。人感センサーによる自動消灯機能だろうか。

 男はそっと手を上げた。しかし照明は点かない。

 男は頭を上下に振った。しかし照明は点かない。

 男は激しく身体を揺さぶった。しかし照明は点かない。

 男は姿勢を正し、しばらく静思する。そして何かを決意した。

 男は暗闇の中、静かにトイレットペーパーを引き出し、尻を拭いた。2、3度繰り返した後、ゆっくりと立ち上がりズボンを穿く。

 水洗レバーを押し、何事もなかったかのように個室を出た。


 男はトイレ入り口にある照明スイッチを見た。照明は人感センサーによるものではなかった。オンオフを手動で切り替えるタイプのものだったのだ。

 男はスイッチを押し、照明を点けた。トイレに明かりが戻る。

 照明スイッチの上に簡単なメッセージが書かれていた。


 「節電。使用後は電気を消すようにお願いします」


 個室に人がいることに気がつかず、電気を消してしまう。

 この会社ではしばしば起こっている出来事なのだ。


 一方、この会社に長いベテラン社員になると、個室での自分の存在をアピールするために、トイレットペーパーをわざと大きな音で引き出したり、咳払いをしているのであった。

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