永遠の愛は、胸が痛むほど、

安室凛

1.高校2年生

 



 思い返すと、胸が痛む。

 私たちの恋愛の始まりは、ごくさりげなかった。


 付き合おうと言ったのは、テツの方だった。

 今もぼんやりと覚えている、あの夜の桜の慎ましさを。

 桜を好ましく思うのは珍しい。私はあの花がさほど好きではなかったのに。そういえばテツはその理由を聞いて、面白いことを言うね、と笑ったっけ。


「夜桜か、おもむき深いな」

 そう言ったのがテツだった。

「いとをかし?」

 そしてこう答えたのが私だ。

 満開にはやや早い桜の下で交わした会話だった。控えめにライトアップされた桜は静かに花弁を膨らませ、周囲のシンとした空気によく馴染なじんでいた。


 その日は高校の美術部のメンバーで、ある部員の家に泊まりにきていた。集まった名目は夜桜見物だったのに、ほかのみんなは笑い話や恋の話に夢中になっていた。せっかくだからと家の外に出たのは、私とテツだけだった。


「『をかし』というよりは、『あはれ』だろ」

「どう違うんだっけ?」

「『あはれ』は、『をかし』より感傷的なんだって習わなかったっけ」

 そうだっけと相槌をうって、しばらく二人で黙って桜を見ていた。


 桜を照らす白い光、周りで深まる夜の闇。そんなものに包まれて桜を仰ぎ見る彼は、どこか神秘的だった。


 もともと、少し近寄りがたい雰囲気のある人だと思っていた。美術部の中でも、誰かの作品を褒めることは滅多になく、馴れ合いは嫌いだと簡単に言い放ってしまう。よく磨かれてギラリと光る刃物のような、刺すように眩しい人だった。


 でも、こうして二人で黙っていることに、不思議と気づまりは感じなかった。


「桜ってキレイだけど、はっきり言って嫌いなんだよね、私」

「桜見ながら激しいことを口にするね」

 テツの目線が桜からこちらに移った。

「咲いてるうちはキレイだからいいけどさ。キレイなものは、散り逝く様が醜いから嫌い」

 へぇ、とテツは大げさに目を見開いた。

「面白いこと言うね」

 彼はこちらを見たまま、柔らかく笑った。

 彼の皮肉な笑顔ばかりを見てきた私には、意外に思える表情で、まぶたの裏に強く残った。

 

 私たちは、どちらともなく歩き出し、ゆっくりと帰路を進んだ。

 歩く速度が遅かったのは、桜への礼儀みたいなものだったのかもしれない。

 桜の花の、美しい時は短いから。

 少しでも長く眺めていてあげないと……

 

 そうやって歩いていたら、不意にテツが私の手をとった。どういうわけか私は驚かなかったし、むしろ二人で並んでいるのならば、その方が自然な気さえした。

 だから、次に彼が言った言葉にも、なんとなくイエスと返事をしてしまったのだ。

「ねぇ、ハナ、俺と付き合ってみたらどう?」


 これが私たちの恋愛の始まり。

 そう、始まりはさりげなかった。

 決定的な何かが、音もたてず静かに忍び寄って、私を捉えてしまった。

 こんなにも愛しくて、切ない恋が、愛が、こんな風に始まるなんて――




 おかしな話だけど、それまで男子としてテツを意識していなかった私は、付き合い始めてからテツに恋をした。


「俺、携帯電話あんまり持ち歩かないからね」

 最初にそう宣言され、私は一瞬困惑を顔に映し出したのではないかと思う。

「そういうのに縛られるのイヤだから」

「うん、分かる。そうだよね」

 にっこり笑って同調したくせに、放課後自宅に帰れば、スマホをチラチラ確認してしまう。テツは私のメッセージを見たかな、テツから何かこないかな……

 おかしい、これじゃあまるで私が一方的に片思いをしているようだ。

 そんな風に首をひねったのは、一度や二度ではなかった。


 登下校は毎日一緒だった。

「手を繋ぐときってさ」

 テツは私の手をとる。そうして握手のように互いの手を結んで、あらためて話を続ける。

「こうやって繋いだほうが暑苦しくなくていいとずっと思ってたけど」

 今度は私の指と指の間に、自分の指を絡ませた。

「こっちの方がなんかいいよね」

 

 何気ない一言に、つい心が弾んでしまう。あの頃の私は、何者にも束縛されないテツの「特別」であることが誇らしかった。

 指と指を絡ませながら、幸福な気持ちそのままに、私も気持ちを表明してみる。


「ずっとこうやって手を繋いでいたいね」

「いやいや、それは無理。そしたらトイレとか行けないじゃん」


 この肩透かしの不愉快な返答が、テツなのだ。


「そういうこと言ってるんじゃないし」

 憎たらしい気持ちを抑えられずに、繋いだ手に力を込めた。

「痛っ!」

 顔をしかめて、彼はあっさりと絡んだ手を離す。

「ハナ、爪伸びてるでしょ」


 まぁね、とむくれると、テツはしようがないなと私の頭を軽く叩いた。さっき振りはらった手をしっかりと握り直す。


「何度手を離したって、何度でもまたつないであげるから」




 そうだ、確かにテツはあの日、私にそう言ったのだ――。






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