第19話 到着!

バスは進んでいく。

一時はどうなるかと思ったバスのざわめきも今やすっかり落ち着いて、朝が早かった為かすやすやと寝息を立てている人が多く見え始める。

勿論、俺もすやすやと眠りたい、眠りたいが⋯⋯ 。

そう思いながら、俺は隣に座っている人に目をやる。その人は、隣の俺の気も知らずに気持ち良さそうに寝息を立てている。

普通に寝ているだけなら何も思わず、俺も寝ようかと目を瞑るのだが⋯⋯ 。


「はぁー、何で頭を俺の肩に乗せるかな⋯⋯ ?」

そう、今井上さんの頭は俺の右肩に重くのしかかっている。そのせいで、二人の間の距離はほとんど無く、触れ合う面積も通常より増えている為、心臓が慌ただしく鼓動を打ってしまっている。

その焦り具合と言ったら、心臓が痛いくらいだ。

勿論、肩に頭を乗せていると言うのは、顔と顔の距離が近くなっていると言うことであり⋯⋯ 。

「すぅー、すぅー」

何時もの距離なら絶対に聞き取れない呼吸をする音ですら、俺の耳に届いていたのだ。

ただでさえ、井上さんの普段なら見れない寝顔でノックアウト気味なのに、そんな寝息すら聞こえていたら——寝れる筈も無いだろう?


「眠たそうですね、修司さん」

前に座っている朝野さんが、席と席の隙間から顔を覗かせて、小声で話しかけてくる。

朝野さんの隣に座っている、浅田さんは眠っている様に頭が下がっていた。

「あぁ、すっごい眠たい。でも、この状況じゃ寝られないよ」

嘲笑しながら、俺も小声で朝野さんに応える。

「そ、その修司さん⋯⋯ ?」

今さっきまでの、柔らかな笑みから取って代わり、急に頰を赤らめて上目遣いで俺の名前を朝野さんは呼ぶ。

「どうしたの?改まって」

「そ、そのですね。修司さんに、その、ご褒美を上げてない⋯⋯ と思って⋯⋯ 」

先ほどよりも更に小さい声で少し口ごもる。

「ご褒美⋯⋯ ?何か俺表彰でもされたっけ?」

「い、いえ⋯⋯ 。その、この林間学校のグループ分けの時に、勇気を振り絞って自分から声をかけていた⋯⋯ じゃないですか?」

「全員に逃げられたけどね」

俺は笑みを浮かべながらそう返す。

「で、でも自分から声をかけたことに変わりはありません、だから——」

朝野さんはここで一度言葉を区切る。 そして、

「もう少し、私に近づいて貰えますか?あんまり目立ちたく無いので」

そう言いながら、小さく此方に近づけと手招きをする。どうやらご褒美を上げることは決定事項らしい。

「う、うん。良いけど」

俺はそう言いながら、ゆっくりと朝野さんに近づいていく。

近づくにつれて、朝野さんの顔が当然の事だがどんどん近くなってくる。やっぱり、より近くで見てみると、朝野さんも相当可愛い。


「で、ではご褒美です」

席がなければ顔と顔が近づいてしまう距離まで俺は近づけられ、朝野さんがその言葉を口にしたその瞬間——俺の唇に彼女の唇が微かに触れ合った。



「さぁ!!ようやく着いたな、皆んな!!」

俺たちを乗せたバスは、ようやく目的地である、俺たちの県下では一番の高さを誇る、皆雲山みなくもの麓に位置する、これまた大きなホテルの駐車場に停車した。

聞く話によると、冬は海外からもスキーを楽しみに来るお客さんが近年増えた為、大きめのこのホテルが建設されたらしい。


ちなみに、今さっき大きな声で場違いのテンションをしているのは俺たちのクラスの担任である、体育教師だ。

実際、俺は今そんなテンションでは無いのだ。眠たかったが、隣で寝ている井上さんに緊張してしまい眠ることが出来ず、更に、更に⋯⋯ 。

俺は朝野さんの方に目をやる。

すると、朝野さんと意図していた訳でも無いのに視線が合う。その瞬間、朝野さんは顔を一気に赤く染め、視線を外した。

ともかく、色んな事に緊張してしまい寝るどころの騒ぎでは無かったのだ。


「よーし!!先に送っていた荷物がここに置いてあるから運んでくれー!」

再び、大声であの人は騒いでいる。あの人、バカンスに来たと勘違いしているんじゃないだろうか?

この林間学校は二泊三日の予定だ。

その為、当然寝泊まりの用意が必要になり、それを当日持って来るとなると、荷物が多くて大変な事になってしまう。

その事態を避けるために、俺たちは事前に大きめの荷物はこのホテルに配送していた。

あの人は、その荷物を受け取りに来いと言っているのだ。

正直言って、今の大きめの荷物は送ったと言っても、何やかんやで当日の荷物も少なくは無いので、ここから荷物が増えるのは鬱陶しい。

しかし、だからと言って受け取りに行かない訳にもいかず、俺はその荷物が置かれている場所にへと向かっていく。


「えーと、俺の荷物は⋯⋯ あった、これか」

俺は長年使っていて少しガタがき始めている、赤色の旅行鞄を肩に担ぐ。

そうして、さっさとホテルに入って部屋に置こうと歩き始めたその時——。

「やっば⋯⋯ 重たい。持てないかも⋯⋯ 」

「つぶちゃん、私のも運んでー」

服の袖口を引っ張られ、ココアにそう頼まれる。しかし、奥でも何やら悪戦苦闘している人が一名いる——朱路さんだ。


「はぁー、ココア。本当俺のも重たいんだからな!」

俺はそう言いながらも、ココアの分の鞄も左肩に担ぐ。くっそ、めちゃくちゃ重たい。それも当然、二人分の寝泊まり準備を一人で持っているのだから。

しかし、俺はそのままホテルの中には向かわず、

「朱路さん? 朱路さんも無駄に多くの物を持ってきすぎるんですから」

しっかり者である、朱路さんの荷物は非常に多い。 それは、客観的に見てみても分かるくらいだ。

一人だけ、鞄の大きさが桁違いなのだ。

「ご、ごめんなさい」

「貸して下さい」

謝る朱路さんに、俺はそう言いながら右腕を伸ばす。

「え?」

戸惑う朱路さんに対して、俺は微笑を浮かべると、半ば無理やり朱路さんの鞄の持ち手を掴む。

「では、行きましょうか?」

俺はそう言って、自分の分も合わせて計三人分の鞄を持つと、ようやくホテルの方にへと向かって行った。





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