第18話 バスの中の一時
林間学校。
その名の通り、辺り一面山に囲まれて一番近くのコンビニでも歩いて二十分もかかる、ど田舎に拘束されるのがこの行事である。
勿論、自然ならではの楽しさ、発見などを見つけてもらう事がこの行事の醍醐味だと思うが、既にクラスでの楽しさを失っている俺からすればこんな行事は早く過ぎ去って欲しいとさえ思えてくる。
だったら最初から行かなければ良いじゃ無いか、と言ってくる人もいると思うが何さグループがグループだ。
全員が、花の生徒会役員の皆んなであれば断る理由も無くなってしまったのだ。
そういう訳で、俺達を乗せたバスはどんどん車通りの少ない場所へと入っていき、なおかつ、だんだん道幅も狭くなってきている山道を、大きな車体を左右に揺らしながら進んでいる。
話して無かったかもしれないが、バスの座席もグループで分けられているため、二人並んで座っていくこのバスの形式では、俺の隣は空席だと思っていた——グループが奇数で分けられている為に。
しかし、いざ席に座ろうと思ったら、
「副会長、遠慮など為さらずにお隣へどうぞ」と言う朝野さんの一声から始まり、
「おいおい、何時もお前の隣だと副会長様も息が詰まるだろうが!だから、こっち来いよー」杏樹さんの第二声が飛び込んできて、
「つぶちゃんは私の隣だと決まってるの!」
二人の会話を遮るように大声を出して、ココナが俺の右腕を掴んできて、
「ふ、ふ、副会長⋯⋯ ?窓側が空いてますが⋯⋯ ?」
少し遠慮気味の浅田さんが、小声と可愛らしい小さな手招きで俺を誘ってきたり——
とにかく、凄く大変だったのだ。
誰かを選んでも、他の人からジト目で見られるし、尚且つここまで迫られているにも関わらず、一人で座ることに固辞すると、それこそ他のクラスメイトからどんな目で見られることやら。
最終的に、隣に誰が座るかを決めるだけで、数分間要してしまった。
そんなこんなで、今俺の隣の席には井上さんが座っている。
副会長として会長に話したいこともある、という突拍子も無い嘘で誰も傷付けずに済むと自己判断したからこそ、繰り出した強引な言い訳であの場を切り抜けたつもりだったが——。
「周りの視線が痛い⋯⋯ 」
前と後ろに座っている同じグループの生徒会役員と、それ以外のクラスメイトがこちらをじっと見ているのが分かってしまうくらい、視線を俺と井上さんにぶつけている。
それも当然、全員がファンクラブを持つ生徒会役員の誘いを断って、井上さんの隣に座ったのだ、何か起こるかもしれないと期待してしまっているのだろう。多分、俺もクラスメイトの立場なら、同じく期待のこもった視線をぶつけているだろう。
しかし、実際に当本人になってみると特に何か行動を起こす訳でも無いのでただ視線を集めている、という状況に少し悪い気すら抱いてしまう程だ。そもそも、こんな皆んなから見られている状況で、井上さんに何かをする勇気など俺は持ち合わせていないし。
「ねぇ、しゅー君」
酔いやすいと聞いて、窓側に座っていた井上さんが隣にいる俺にしか聞こえない程の小さな声で俺の名前を呼ぶ。
「どうかしたんですか?」
俺も同様に、周りに聞こえない程の小さな声で返答する。
「どうして私を選んだの?ココナちゃんや、真紀ちゃんもいたのに」
頰を赤らめてもじもじしながら話してくる。
「ココナや、朝野さんとは話す機会が沢山あっても、会長とは話す機会が少ないですから。 それに、しゅー君って呼ばないで下さいよ。周りの人に聞かれでもしたら」
俺がそうやって微笑を浮かべながら、首の角度を変えて、井上さんの顔を完璧に捉えようとする。
途端に、今まで前しか見ていなかった為に、座席の後ろ側しか無かった景色が、照れて赤くなっている井上さんと、後ろの美しい自然の景色に変化する。
すると、視界に捉えていた井上さんに動きの変化があった。
背もたれに深くもたれて、いつでも寝れる体勢だった所から急に起き上がり、人差し指だけをピンと立たせる。
そして、そのまま——人差し指を俺の唇にそっと触れさせる。
途端、バス中に響き渡る悲鳴と歓声。
その声の大きさと言ったら、普通の人なら耳を塞がずにはいられない程の声の大きさ。
しかし、俺には耳を塞ぐ余裕など無かった。
俺の唇に触れるこのひと時の柔らかな感触を堪能するまで感じたいと本能がそう告げているが故に、俺の全神経を唇に集中させていく。
「良いじゃない。しゅー君って呼ぶのは、私だけなんだよ?」
普通なら、こんなやかましいバスの中では例え目の前にいる人の声でも耳に届くことは無いだろう。
しかし、この時俺の耳は確かに井上さんのその言葉を聞き取っていた。
だからこそ、こう返す。
「俺だけだからこそ、他の人には聞かせたくないんですよ」と。
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