第17話 林間学校の始まり

「はぁー⋯⋯ 。計画が丸潰れだわ⋯⋯ 」

朝野はそう言いながら、ほんの数日前には満開のピンクに包まれていた桜の木が彩っていたにも関わらず、今や葉桜に変わって両脇を色染めている坂を一人下っている。

今日は、先生たちの出張が重なって放課後に生徒会室に残ることが出来ないという理由で何時もより早い時間帯に帰路についていた。

「それに⋯⋯ 修司さんも取られちゃったし⋯⋯ 」

呟きながら寂しそうに空いている左側の空間を見つめる。そこには何時もはいるはずの人がいない。ココナさんが終業のベルと同時に彼を捕まえて、何処かに連れ去ってしまったのだ。

「本当⋯⋯ ココナさんって強敵⋯⋯ !」

本来なら、一生懸命グループに入れてもらおうと声を掛けたが、不運なことに空振りに終わった彼に対して、助け舟を自分が出すことにより彼の中の評価を上げようとしたのだが⋯⋯ 。思わぬ強敵にその役目を奪われた。

それに、

「ココナさんって、下の名前で呼んでもらえてるし⋯⋯ 」

そう、ここが私の一番許せない、というか嫉妬する部分である。生徒会の中では基本的に彼は私達をさん付けの名字で呼んでいる。それは私にもそうだ。しかし、幼馴染でもあるココナさんは例外で、下の名前を呼び捨てで呼んでいる。 正直言って羨ましい。彼に、真紀と呼ばれるのを想像しただけで、顔が赤くなってしまう。

それに、ココナさんはモデルとして世間に認められるくらいの美貌も持ち合わせている。本当に、彼の奪い合いの中では群を抜いてトップに立っている、と言っても過言ではない。それなのに、幼馴染のハンデ付きって⋯⋯

「私達にも勝機の光を照らしてよー!」

堪らず叫んでみるが、声は静かに空にへと消えて行った。


そうして、待望したその日が遂に訪れてしまう。

何時もより少し早めに学院の校門をくぐると、そこには見かけないバスが三台横に並んでいる。俺はまだ寝ぼけている目を擦りながら、その横を通って同学年の皆んなが通常より少し大きめの鞄を持って、並んでいるところに割って自分のクラスの列に並ぶ。

どうやら並び方はグループ別の様で、俺の隣にはココナがちょこんと座っている。俺とココナがグループ内では最後に来たみたいで、既に他の人は揃っていて、中身の忘れ物が無いかのチェックを始めている。

勿論、彼女らがそんな凡ミスを犯すことがないので、皆んな特に変わった様子は無く、静かに鞄のチャックを閉めて先生からの指示を待つ体形に入っていく。

俺はと言うと、いつも掛けているアラームが正常に機能しなかった事により、ギリギリまで寝ていた事もあり、寝癖は直ってないし、片手にパンを持って食べている始末だ。

そんな様子を見て、皆んなは、はぁーという溜息を溢す。

「おはよう、しゅー君。 ダメだよ〜?夜更かしは、寝癖もまだ直ってないし、今さっき起きたばっかりなんでしょう?」

会長が、後ろを振り返りながら尋ねてくる。

「お恥ずかしい限りです。 アラームが壊れていたみたいで」

俺はそう言いながら、パンを一口かじりながら、照れ隠しに頭をかく。

「もう。 副会長⋯⋯ いえ、ここは生徒会という目的の為に集まっていませんので、円谷君。 仕方ないから私が直してあげるわ」

微笑交じりに話して、浅田さんは寝癖直し用のスプレーを俺にシューとかけると、鞄の中に入っていた櫛を駆使して馴れた手つきで、俺の髪の毛を直し始める。

しかし、依然直る気配は無く、逆にピン!とそりたってきてしまい、浅田さんはウーンと唸り始めてしまう。

「円谷君の髪の毛ってすっごい繊細なのね、私の髪質とは正反対だわ。大体適当に櫛を当てていたら直るのに」

と言って、小さくごめんなさいと言うと浅田さんは、櫛を鞄の中に戻し始める。

その光景を隣でじっと見ていたココナが、

「はぁー。 浅田さん? その櫛貸して」

と言いながら、半ば無理矢理奪い取ると、俺に、じっとしてて、と小さく呟き、どこか誇らしげに俺の髪に櫛を当てていく。

すると、驚く事にそりたっていた髪の毛が静かに落ち着き、元の髪型に戻っていった。

そして完璧に元の髪型に戻ってしまった。

「凄いな、ココナ。ありがとう、助かったよ」

「つぶちゃんの寝癖はちっちゃい時に嫌という程直してあげたからね、身体が勝手に覚えているの」

そう言って、小さく胸を張る。 俺は、その様子がとても愛おしく思えて、無意識にココナの頭に手を置いて、頭を撫でていた ココナは最初は驚いた様子だったが、すぐに微笑みを浮かべて、驚きで強張った身体から元のリラックスした状態に戻っていった。

「分かった?浅田さん。 私は、誰にもあげるつもりはないから」

ココナが厳しい目をしながら、浅田さんに突拍子もなくそう言いかける。 浅田さんは、ぐぬぬと零しながら、

「いえ、私もそう簡単に引き下がる気はありませんから。それに、今日からが修羅場じゃないですかね?」


この会話の真意を、この時俺は理解しようともせず、流していた。

そして、林間学校が始まっていった。




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