第16話 変わったことと、変わらないこと

ココナは、俺が幼稚園の年長の時に日本に引っ越して来た。 アメリカで生まれ、そして何年かしてから親の仕事の関係で日本にやって来たのだ。

初めてココナと会った日を俺は今でも鮮明に思い出すことが出来る。

それくらい衝撃的な事で、同級生にここまで可愛い人がいるのか? と何度も思った。最初の頃は、ココナというハーフの人がやって来たのは夢ではないだろうか?と思っていたほどだ。

しかし、それは夢では無く現実で次の日再び幼稚園に行くと、ココナという女の子は一人で遊具で遊んでいた。そして、入園してから時間が経っても、ココナの周りに友達がいる事は無かった。

理由は簡単だ。高嶺の花過ぎたのだ。このころココナは街のスカウトマンに引き抜かれ、子供読者モデルとして、その美貌が全国的に広まっていて、幼稚園に取材の人が毎日殺到していた。 そんな彼女の邪魔をしてはいけない、という意識がいつの間にか俺達の間では産まれていた。

そんなココナと俺との関係に転機が訪れたのは、彼女が入園してから半年が経った頃。 遠足のお弁当を一緒に食べるグループを作っていた時だった。


あの時、俺は自慢では無いが人気者で、何人もの人からグループに入らないか、と勧誘されていた。四方八方から誘われて、どうしようかなー?と格好をつけていたその時、ふと視界の隅の方に一人ポツンと立っている女の子を見た。

考える必要も無くココナだと俺は思った。 実際、確認のためじっくり見てみると、あの誰もを引きつける美貌を持っているココナだった。

この時、俺は何を思ったのか、今でも理解出来ないが誘ってくれていた人全員に対して、悪い、と言ってその誘いを断り、ココナのもとに歩み寄った。


「なぁ、ココナちゃん? もしかして誰とも組んでないのか?」

俺はココナにそう尋ねる。 彼女は何も言わず、ただ頷く。 それを確認した俺は続けて、

「そっか。 じゃあ、俺と組まないか? いつまでも一人じゃ寂しいだろ?」

と言って彼女の手をギュッと握りしめて、グループ結成の報告をする為に、先生のもとへと駆けて行った。


時間が過ぎて、今は学院の林間学校のグループ分けの最中。 あの時とは打って変わって、今度は俺が一人ポツンと立っている。 そんな時に幼稚園の俺の如く声をかけてきたのは、ココナだったのだ。


そして、俺に対してココナが言った言葉もあの時、俺が掛けた言葉と全く同じで、

「ねぇねぇ、つぶちゃん?もしかして、誰とも組んでないの?」

であり、俺も幼稚園のやり取りが一気に脳内で蘇りあの時ココナがやったように無言で頷く。 すると、ココナは少し微笑みを浮かべて、

「そうなの。 じゃあ私と組もうよ。いつまでも一人じゃ寂しいでしょ?」

と言って、俺の右手をギュッと握りしめる。


そう、時は過ぎたがあの時と全く同じ言葉、動作が行われたのだ。 しかし、時が経てば全く同じ動作でも変わることがある。例えば、周りの視線とか——。

やばい!!! そう咄嗟に思い、俺は辺りを見渡してみる。すると、当然のように男子、女子を問わず此方を見ていた。勿論、俺に好きと言ってくれた生徒会の皆もジト目でこちらを見ている。

それに気付いた俺は、すぐに握られた右手を必死に振りほどいた。 多少名残惜しいところもあったが、これは仕方がない。そう思ってココナを見てみると——今にも泣き出しそうな顔で、目に溢れそうな涙を浮かべていた。


「コ、ココナ⋯⋯ ?大丈夫か?」

オロオロしながらココナに尋ねてみる。

「う、うぅー!!」

すると、ココナは呻き声の様な声を発して、俺の胸をぽかぽかと叩いてくる。

「い、痛いって!!」

そう言っても、ココナは攻撃をやめてはくれない。反対に、攻撃する力が強くなってくる。何を言っても聞いてくれそうにないココナを止めることが出来るとすれば、再び手を繋ぐ事だとは思うが⋯⋯ 。

俺は、再度教室内を見渡してみる。 うん、依然皆んなの視線はこちらに釘付けだ。 やはり、この視線の中では難しい、が、しかし⋯⋯ 。

いくつもの思考の末、絞り出した答えは⋯⋯ 。止まることのない攻撃を繰り広げるココナの手を俺の手で包み込む様に止めること——手を繋ぐ事だった。

途端に教室内に響き回る女子による悲鳴と、男子による意味の分からない咆哮。 その声の大きさにらあの大柄な担任の先生までもがよろけてしまうほどだった。

しかし、そのおかげでココナからの攻撃は止んだ。顔を見てみると、その顔には幸福の表情が出ている様な気がする。


「副会長? 副会長は何をしているのですか?」

俺の背中に声がかけられる。その声には、静かな怒りが纏わっているような気がする。

勿論、振り向く前から声の主は誰かは分かっていた。


「ど、どうかした? 朝野さん?」

そう言いながら振り向くと、案の定そこには朝野さんが立っていた。 そして、あからさまに不愉快そうな表情を浮かべている。

「どうかした? では、ありません! 副会長早くグループを決めないと、もう授業終了のベルが鳴ってしまいますよ?」

「だ、だから、ココナと⋯⋯ 」

「七人一グループという、先生の話を聞いてなかったのですか!?」

た、確かにそんな事を言っていた気がする。すっかり忘れてしまっていた。

「そ、そうだね。 ココナ、後の五人どうしようか?」

俺がそう言いながら、ココナの方に振り向く。 すると、ココナは何も言わずにただある方向を指差していた。 その指先の先には——グループとして固まっていた生徒会の五人がこちらを見ながら立っていた。


しばし沈黙してから、ココナが口を開く。

「あそこに、ちょうど五人余ってるのがいるよ? つぶちゃん」

「た、確かにいるね⋯⋯ 」

俺は朝野さんの方にゆっくりとした動きで首を動かす。 視界に写った朝野さんは、どこか安心している様な、そんな顔をしている。


「あ、朝野さん? ど、どうかな?」

俺は、少し遠慮気味で朝野さんに尋ねる。

「はぁー。 元からそのつもりで来てましたから、別に構いませんよ。他の役員も同意しています」

そう言って頬を赤らめながら、俺の空いている左の手を自分の右の手で包み込むと、役員が固まっているその場所へと俺とココナを引っ張って行く。


《同時刻:2-A教室前廊下》

「上手く行きましたね」

教室にへと繋がる扉を少し開けて、中の状況を確認していた今田は小さくそう呟いた。

何もかも計画通りだった。予め、クラスの男子を自分の容姿を駆使して落として、副会長と同じグループにならないようにと釘を刺していた。

そうなれば、一人余る副会長を誘うのは今日から学院に復帰した舞美ココナしかいない。

「副会長ファンクラブ会長。 全て貴方の思い通りになりましたよ」

未だ会ったことも、見たこともない会長に向かってそう語りかけてみる。 しかし、声は廊下に虚しく消えて、会長の耳に届くこともない。

でも、良いんだ。 今田はそう思っていた。 何故なら、会長は私以上に副会長に強い執着心を抱いているから。この作戦を考えたのも会長だ。

この、グループ分けで生徒会役員を全員一つのグループにさせる必要があった。 だってその方が、

「問題が起きた時、責任追及しやいすいから⋯⋯ うふふ」

これから、生徒会役員に降りかかる災難を考えてみると、今田はようやく副会長を長い間縛り付けてきた罰が下るのだと、思い少し笑みをこぼしてしまった。





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