第15話 恐ろしい時間


「ねぇねぇ、しゅー君? 好き、って言ってたけど、あれって友達として? それとも女の子として?」

登下校中にすれ違った井上さんと肩を並べて歩いていると、不意にそんな事を尋ねられる。 あの写真の一連の騒動から二日が経過した。 その間に人間関係が劇的に変わる様なことも無く、何事も無かった様に、とまではいかないがそれでもあの件によっての大きな影響は今の所無い。 廊下で出くわした今田さんも何か裏でコソコソしている、という情報も入ってはいない。


しかし、変わったことも多少はある。 その一つが今俺に投げかけられている質問の類だ。 あの日俺が、皆んなの事は好きですよ、と言った発言についての詳しい説明をよく求められる様にはなった。

「友達としても、女の子としても好きですよ」 俺はいつもそう答えるが、二日経った今でもまだ納得はしていないらしい。


「じゃーじゃー! しゅー君は、生徒会の中だと誰が一番好きなの?」 続けさまに質問を重ねられる。 こういう時、どう答えればベストなのか、俺は非常に迷う。 勿論、聞いてきた本人の事が一番好きだと、伝えるのが井上さんが最も喜ぶ答えだとは思うが、実際のところ、皆んなが魅力的すぎて、誰が一番とか、俺が決められる筈もない。 かと言って、嘘を言うのも何だか気がひける。 うーん、マジで悩むよ⋯⋯ 。


「誰が一番とか、僕には決められませんよ⋯⋯ 。 皆さんそれぞれ異なる魅力を持つ人ですから」 悩んだ末答えた返事は、当然の様に井上さんのベストな答えでは無くて、

「うーん!! そこは私を選んでよ〜?」 と唇をとんがらせて注意されてしまい、その後会話は止まる事は無かった——まぁ、相手が井上さんだし、だが、いかんせん先程の返答の失敗が響いたのか、そこまでテンションが上がる事も無く、学院前の坂を登りきり校門をくぐった。


校門をくぐって少し歩き、俺と井上さんは昇降口にへと向かう。 その途中に存在する、大きな噴水の前に、俺の登校を待ってる人が一人いたらしく、俺の姿が見えるなりこちら側に駆け寄ってくる。

「おはようございます、会長、副会長。 今日は一緒に登校なさったのですか?」 その人物は朝野さんだった。 最近、朝野さんはよくこの噴水の前で俺の現れを待っていてくれている。


正直なところ、こんなに可愛い同級生に待っていてもらってるのだから、嬉しくて少し顔がにやけてしまう。

「おはよう。 たまたま途中で会ってさ、一人で登校するのもなんだし、それなら一緒に行こうってなったんだよ」

「そーだよ、真紀ちゃん。 私は、真紀ちゃんみたいに待ち伏せなんてしてないもーん」


この二人が何を朝から競い合っているのか、俺には到底理解出来ないが、二人の間に火花が散っている事は何となく理解は出来た。

「ところで、副会長?」 朝野さんが、井上さんから目を離し、俺に話しかけてくる。

「うん? 何?」

「今日はクラスの友好を深めるための、二泊三日の林間学校のグループ分けが行われる日ですが、仲の良い友人は出来ましたか?」


朝野さんは、本気で心配している目を俺に向けながら尋ねてくる。

「それ、俺に友達がいない事でからかってるよね? 絶対」


実際のところ、林間学校のグループ分けは、そのまま部屋分けにも繋がる。 勿論、こんな俺と同じ部屋で夜を過ごしたい人などいる筈もなく、あぶれる事は目に見えているが、それを正直に答えるのは少し恥ずかしい。 その為、微笑を交えながら、この話題から逃れる為に、少しジョークを会話に混ぜてみる⋯⋯ が、

「からかってないので、正直に答えてください。 いるんですか? いないんですか?」

この時、俺は全てを察した。 あぁ、これは言い逃れ出来ないパターンだ⋯⋯ と。


「——いません⋯⋯ 」

せめてもの反抗として、聞こえるか聞こえないか分からないくらいの小さな声で正直に答えた。 だが、そんな反抗も虚しく、

「だと思いましたよ。 本当、副会長はクラスメイトに気を遣い過ぎなんです! こちらから努力しないと、誰も声なんてかけてはくれませんよ?」

「ま、全くの正論であります⋯⋯ 」

こういう所は朝野さんにもだが、他の役員にも頭が上がらない。 俺が、頑なに他のクラスメイトと関わろうとしない事も事実だ。 あの時のように昨日まで仲の良かった友達が、一気に遠くに行ってしまうという経験を心が避けるのだ。


「本当にもう! ちゃんとグループ分けの時は自分から!積極的に! 声をかけてくださいね!」「はい⋯⋯ 。 分かりました」 そう言うと、朝野さんは満足そうに頷いた。


そんなやりとりを二人でしていると、いつの間にか朝のSHR五分前を告げるチャイムが鳴った。 今まで黙っていた井上さんも、「もう、二人が長い間話しているから早めに学院に来た意味が無くなったじゃん!」と言いながら、俺の右手を左手で包む。 そして、そのまま思いっきり昇降口めがけて井上さんが走るので、俺も思いっきり引っ張られるが、引っ張られる寸前に俺も空いている左手で朝野さんの右手を包む。一瞬朝野さんは驚いた様な表情を浮かべたが、すぐに力強く包み返す。 側から見たら連結電車の様な形で、俺たち三人は昇降口へと入って行った。


そして、遂に恐れていた時がやってくる——林間学校のグループ分けの時間だ。


「よーし、皆んな自由に七人グループを組んでくれ! 勿論、男女混同でも構わないぞ! もしかしたら、泊まる部屋も部屋数の問題で男女混同になるかもしれんなー。 でも、安心しろ、女子諸君!! 防犯カメラ付きだから、夜中に変な事をしたら、すぐに駆けつけてやるからな!」


何が安心なのか理解は出来ないが、先生が大声で笑いながらそう言い終わると、クラスメイトが事前に約束していた者とグループを決めていく。 既に俺は出遅れていた。 やばい⋯⋯ このままじゃ⋯⋯ 。 そうしてじっと動かず立っていると何やら背中に冷たい視線を感じる。 後ろを振り向かなくても分かる、絶対朝野さんだ。 早く行動しろ、と俺に視線で訴えているんだ。


そうして、俺は先ず手始めに出席番号が近くて、席が前の男子に声をかける。

「なぁ、た、田辺たなべ君? もし良かったら何だけど、俺と組まない」


そう言い終わる前に、田辺君は席を立ち俺から離れていく。 既に心が挫けそうだが一度失敗したくらいで立ち止まっていたらこの後の朝野さんに何をされるか怖いので、勇気を振り絞り、後ろの席の男子にも声をかけてみる。


「な、なぁ、寺尾てらお君?」

スッと名前を呼んだだけで、席を立たれる。 すいません、朝野さん⋯⋯ 。俺もう心が折れそうです⋯⋯ 。


二人に逃げられて精神崩壊間際に陥った俺は、もう十分頑張ったと自分に言い聞かせて、自席に着席した。 もうどうなったっていいや、と投げやりな気持ちで事の成り行きを見守ろうと決心し、次々にグループが成立していくのをじっと眺める。 ほんの一年前、事件が起きる前だったら、あぶれるなんて事あり得なかったんだけどな⋯⋯ 。


「ねぇねぇ。 つぶちゃん? もしかして誰とも組んでないの?」 少し昔を思い出していた俺に声をかけてきたのは、小柄で、まぁ大きくも無ければ、小さくもないモノを持っている、日本人の父とアメリカ人の母を持ついわゆるハーフ。髪色は目を引く金色で、その髪を可愛い赤いリボンで括っている女子。

俺が幼稚園に通っていた時からの友達であり、幼馴染であり、保健委員長の舞美まみココナだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る