第13話 本当の取り合いを始めよう

逃げるつもりは無かった。 いつもの様に井上さんの呼び方に対して注意をしてその後、笑いながらこんな物があったんですよ、と流せばそれで良かった。 俺も頭の中ではこのストーリーを思い浮かべていた。


だが、実際に写真に写っていた井上さんと対面して、そんなストーリーは俺の頭から瞬く間に吹き飛んだ。 何というかあの場での気まずさに俺は耐えられなくなったのだ。


そして、俺は一人虚しく誰もいない廊下を歩いている。 行き先は分からない。 ただ一人になりたくて歩いている。


「どうすりゃ良いんだよー!!!」


思考が行き詰まり、大声を出すことにより頭をスッキリさせようと試みる。 が、それも虚しく筋の通った答えは全く出てこない。


あの写真を見てしまっては、あの三人が俺に好意を抱いている事は間違いないと思う。 俺自身、あの人達はとても魅力的な人だと思ってる。 でも⋯⋯ 。 でも⋯⋯ 。


「俺は⋯⋯ 。 選ばれてはいけない人なんだよ⋯⋯ 」 そう言った声は震えていた。

廊下に響いたその声は、他の人の耳に聞こえる事なく消失していく。 声が完全に消失し、再び廊下に静寂が取り戻されてから、俺は進めていた足を止める。


「どうしたんですか? 副会長。 やけに辛そうな顔をしてますね」 顔を上げると、そこに立って居たのは——今田さんだった。


「ほっといてくれ。 今は一人になりたいんだ」 俺はそう言って、今田さんの横を通り抜けようとする。 が、すぐに今田さんは俺の進行方向に移動し、その行方を塞ぐ。


「その様子だと⋯⋯ ふふ。 私の贈り物は受け取って貰えたようですね」 そう言い、今田さんは、何時ぞやの不敵な笑みを浮かべる。

「贈り物? ま、まさか⋯⋯ 。 あの茶封筒のことを言っているのか?」


「ふふ。 えぇ、そうですよ? これでようやく、貴方にとって邪魔でしかないあの生徒会役員全員を——失脚させる事が出来ますよ」

唖然として、何も応えられたい俺を横目に更に今田さんは言葉を重ねる。


「ねぇ? 今はどんな気分ですか? 最高の気分ですよね!? それ以外に該当する言葉が存在しない事が歯痒いくらいですよね!? だって、副会長にあの事件を起こさせて、家族もそうだし、何より副会長にこの学校の汚点を全て丸かぶりさせた人達が消えてくれるですもんね!?」


高ぶった気持ちが抑えきれられず、今田さんはだんだん声の調子を上げて、最後の方は叫んでいるに近い感じだった。 俺は、依然今田さんが話している最中は何も応えず、ただ黙っていた。 そして、今田さんは一通り喋り終えたのかハァーハァー言いながら、「な、何か、言ったら、どうです、か?」 と俺に意見を求めてくる。


「そうだな。 確かにあの事件さえ無ければ⋯⋯ と毎日思ってた時期もあったよ。 あれが無ければ、家族幸せに暮らせていて、誰かと話すときも後ろめたい感じにならなくてすむんじゃないかって」


「ですよね!? やっぱり私は副会長にとっての救世主、」


その今田さんの言葉を遮る様に俺は、今さっきよりも強い調子で言葉を続けた。


「でも! 俺は後悔はしていない。 たられば、の話をしても意味が無いんだ。 それよりも、俺はあの時、皆んなを暴力という最低の手段で助けたにも関わらず、周りの殆どの人が俺を避け、蔑んでいたにも関わらず、皆んなが変わらずくれたあの温かさが凄く嬉しかった。 あぁ、これが本当の友達だからこそくれる温かさなんだって思った! だがら、あの事件は俺にとって、本物の友達と、そうじゃ無い友達とを区別させてくれた事件でもあるんだ!」


「だから? 何なんですか? 副会長は、あの事件は起きて良かった、と言いたんですか? あんなに家族を追いやって!?」

今田さんの表情には先程までの笑みは無い。 あるのは——焦り。 自分は余計なことをしてしまったのでは、という焦りのみだ。


「あぁ、そうだ。 どちらにしろ俺の家族は終わってた。 俺が会長の座に就いても結果は変わらなかったはずだから」

俺が言い終わっても、今田さんからは何のアクションも無い。 ただ下を向いて黙っている。


「今田さんと話が出来て良かったよ。 おかげで決心がついた」 そう言うと、今田さんは顔を上げて、俺の顔を見つめてくる。

「何の⋯⋯ 決心ですか?」

「生徒会室に戻る決心」


そう言い終えると、今来た道を逆走して生徒会室に戻り始めた。



【生徒会室】

「これは——」

「これは、やばいですね⋯⋯ 」


生徒会室内にいる役員は、今ある人の机を囲む様にして立っていた。 その中心にあるのは五枚の写真。 何やら只ならぬ表情でこの生徒会室を後にした、彼の机の中に入っていた物だった。


写真に写っていたのは、彼との口付けを交わしている場面。 それを見た朱路は途端に不機嫌になり、未だこの写真についての話し合いに参加してこない。


「バレちゃいましたよね?」

朝野が皆んなの顔を見ながらそう言い出す。

「あぁ、これは言い逃れが出来ん」

杏樹もそれの否定をせず、自分達が置かれている状況の危険さを噛み締める。


「これまでは、私達の一方的な片思いだったけど、これからはしゅー君も私達の気持ちに気付いて私達と接するんだよね? うわぁ〜、これからは本当の取り合いだよ〜! うーん? しゅー君は誰を選ぶのかなー?? 多分、私だと思うんだけどなー?」

井上は、ニヤニヤした顔で暗い表情をした皆んなを見渡しながら話す。

「な、何を言いだすんですか!? 選ばられるのは私に決まってるじゃ無いですか!? どれだけ長い時間を二人で過ごしていると思ってるのですか?」 朝野は、顔を真っ赤にして反論を始める。


「な、違うでしょ、朝野さん、井上さん。 浅田春あさだ はる——この私しかいませんよ。 私と、彼との間には皆んなも知らない様な秘密がいっぱいあるのですから」

皆んなが、各々に彼の取り合いを始める。 写真の話し合いなんてそっちのけ。 一歩引いて話し合いを聞いていた朱路すら、彼の取り合いに参加しているのだから、この場にはこの取り合いを止めれる人はいなかった。


しかし、その取り合いはすぐに止まる事となる。 生徒会室の扉—— この皆が帰路に着き、既に学院内にいる生徒は部活動がある生徒を除くといないこの状況で、それは開かれた。

皆の視線を浴びてそこに立っていたのは、円谷修司——我よ我よと取り合っているその本人だったのだから。



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