第12話 いつもと違う生徒会室

井上、杏樹、浅田の三人は勢いよく屋上へと入り、そして入り口付近で呆然とする。屋上の角の方、誰も寄り付かないこの場所でも更に目につきにくい場所に目的の二人はいた。


しかし、この三人は間が悪かった。 ちょうど、二人が唇を交わした時にその場所へと飛び込んでしまったのだから。


「あ、あ、朝野ー!!! 何してるんだよーー!!??」 杏樹が、大きな声を上げながら、朝野の元へと走り寄る。 後の二人は驚きの余りその場から動けず、両手を口元にまで持ってきて、口を隠しながらその場に立ち尽くす。


朝野は、杏樹が自分の元へ駆け寄ってくるのを横目で見ながらも、その口づけを止める事は無かった。 逆に、見せつけるかの様に開けていた目を閉じて二人だけの世界にへと落ちていこうとした。


「おま、いい加減にしろよー!!」

朝野の元に辿り着いた杏樹は、朝野の髪の毛を上方向に引っ張り無理矢理交じり合った唇を引き離す。 すると、朝野は鋭い目線を杏樹に向けながら、「何をするんですか? 後、副会長が眠っているんです。 静かにしてもらえませんか?」と怒りの感情を交えた声で反論する。


杏樹は、確かに可愛げな寝顔で目を閉じている、彼を一度見ると先ほどよりかは小さな声で、「お前、寝ている人にそんなことして恥ずかしいとは思わないのかよ」 と尋ねる。 朝野は、ふふふ、と微笑を浮かべる。 「何を恥ずかしがる事があるのですか? 私と副会長の間には深い感情があると察して、この場から邪魔者は立ち去って欲しいとさへ思ってるくらいですが」


「何を〜!」 杏樹はまたもや大きな声で言おうとしたが、朝野が手の指を唇に付けながら、しー、と言うのを聞いて自分の口を塞ぐ。 「お前、本当いい加減にしろよな⋯⋯ 。 良いだろう。 お前がそこまで本気なら、あたしも本気出すよ」 杏樹はそう言うと、立ちの姿勢から、一気にしゃがみ込むと愛しい彼の唇と自分の唇をくっ付ける。


「な、何をしてるのですか!?」 朝野は、先ほどまでの余裕は何処かに飛んでいったかの様にそう大きな声を出す。 少しして重なり合っていた唇を離すと、杏樹は少し頰を赤らめて、「これでおあいこな。 お前だけ抜け駆けはさせないよ」と言って勝ち誇る。 その光景を後ろでじっと見ていた浅田が猛スピードで駆け寄ってきて、彼女もまた彼と口づけを交わす。


「私もまだ負ける気はありませんから」 そう言って、先に口づけを済ませていた二人の顔を見る。 互いに一歩も譲らない彼を賭けた勝負はこんな風に一進一退で、一年近く続いてた。 「ま、待って下さ〜い。 私も、しゅー君が起きる前にその可愛い唇に触れたいです〜」 最後に遅れて井上さんが駆け寄ってくる。 そして、前の二人同様に自分の顔を近づけ、唇を重ねようとしたその瞬間。



俺は周りが余りにも五月蝿くなった事で、夢見心地だったところから一気に現実に引き戻される感触に襲われ、ゆっくりとその目を開く。 すると、目の前に広がっていたのは——唇をとんがらせて俺の顔にへと近づいてくる井上さんの顔だった。


「うわぁーー!!!! 何やってるんですか!? 会長!!」 俺は驚きのあまり朝野さんの膝から勢いよく落ちて、屋上の床にへと転がってしまう。 そして、まだ眠たい為か、気だるい身体を起こした。

「えぇー!!! しゅー君!! それはないよ〜!! 私だけ仲間はずれじゃん!!」

井上さんは、尖らせたままの唇で俺を叱ってくるが、正直何故俺が怒られているのか分からない。

「いやいや! 会長何をしようとしてたんですか!? あ、分かりましたよ⋯⋯ 。 分かってしまいましたよ⋯⋯ 」 そう言って俺は不敵の笑みを浮かべる。


と、同時に周りにいた生徒会役員のメンバーが、「なにがでしょうか?」「な、何が分かったんだよ?」「何をです⋯⋯ か?」「ぶぅー!!何を分かったと言うのさ〜」 と言ったのはほぼ同じタイミングだった。


「これは、あれでしょう。 僕に友達が少ない事を揶揄う為のドッキリだったんでしょう!! 朝野さんと昼休みに二人っきりで弁当を食べている時の、僕の動揺っぷりを見て楽しんでたんでしょう!!」


俺がそう言うと、一同は一度沈黙。 そして、少し間が空いて各々に口を開いて、「そ、そんな事は無いけど」「はぁー、やっぱり副会長様だな」「良かった、何も分かってなくて」「流石! しゅー君だね」 と俺は呆れ顔でため息を吐かれた。


その後、五人で教室に戻り色々と朱路さんに追求されたが、生憎楽しく昼ごはんを食べていただけだと、何度も繰り返すとホッとした様な表情で、良かった、とだけ呟くと、そのまま自席にへと戻り、俺たちは昼の授業を受けるべく、次の授業の準備を始めた。


「よし! お前ら気をつけて帰れなー!!」

バリバリ体育会系の担任が、一日の終了を告げる挨拶をすると、クラスは放課後ムードに包まれる。 聞こえてくるのは、これからカラオケ行かね?、という様な遊ぶ目的の会話と、この後の部活怠いよなー、という会話のみになる。


俺は、そんな会話が飛び交う中一言も発さず教室を出るとそのまま生徒会室へと一人で向かう。 本当は、全員が揃って行くのが一番良いのかも知れないが、他の役員の人は、来るまでに何人もの男の人に声をかけられるので、それらを一々断ってから来るので時間がかかる。


そうして、一人寂しく廊下を歩いて行き生徒会室の前まで来ると、その扉を一気に開いた。 勿論、中には誰も居ない。 いつもと変わらない生徒会室だ。 俺は、そのまま自席に向かうと、いつもの様に鞄を机の上に置こうとする。 が、ここでいつもとは違う事に気がつく。 俺の机の上に何か少し大きめの茶封筒が置かれていたのだ。


「何だよ、これ」 俺は不審に思いながらも鞄を一先ず椅子の上に置くと、茶封筒を開封する。 中に入ってたのは——


「——写真?」 一枚では無く、五、六枚の写真が裏返しでその中には入っていた。


「全く、何が写ってるって言うんだよ」

俺は、そう言いながら写真を表側に向けた。


そこに写ってたのは——

「これって——どういう事なんだよ⋯⋯ 」


今日の昼休み。 屋上にいた生徒会役員の人達が俺とキスをしている所が写真には収められていた。 俺は、その写真を見るとすぐに元の茶封筒の中にへと戻した。 何か、見てはいけないとんでもない物を見た、そんな気持ちに襲われたからだ。


俺がそうやって自分の席にも着かず立ったまま呆然としていると、思いっきり生徒会室の扉が開かれる。

「お、ま、た、せ! しゅー君はいつも早いね〜」 井上さんだった。 俺は、咄嗟に机の上に置きっぱなしだった茶封筒を、自分の机の引き出しにへとしまうと、何だかこの生徒会室に居づらく感じて、「すいません、会長。 今日は早めに帰らせてもらいます」と言って鞄を持つと、逃げる様に俺は生徒会室を後にしてしまった。



一人取り残された私——井上は、何が起きたか分からず、ただただ呆然とした。 何か自分が大きなミスをしたのだろうか。 いや、そんな筈はない。 いつもの様な調子で挨拶をしただけだ。 じゃあ、何でしゅー君はあんなに悩んだような表情でここから出て行ったのだろうか? 考えても答えは出ない。 ただ唯一心に引っかかるのは⋯⋯ 。


「何か、しゅー君がここにもう戻ってこない気がするんだけど⋯⋯ 。 気のせいだよね」


私は、一人そう呟くが返事をしてくれる人は誰もいなかった。

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