第10話 て、手作りですか!?


時間というものは早いもので、あのドタバタした始業式から、はや一週間が過ぎた。 時間が経つと変わるものもあるもので、午前中授業から、いつも通りの七時間授業に変わったり、あんなにクラス編成に違和感を覚えていたのに今ではすっかりそれが日常となっていた。


「ねぇねぇ! 今日は皆んなで食堂に行って食事を摂らない? いつも生徒会室で食べてるから景色に飽きちゃったよ〜」 昼休みに入ると同時に、井上さんが生徒会役員を自分の席の周りに集めてそう話す。


「会長⋯⋯ 。 それは無理があるのでは? 花の生徒会役員全員が、食堂に行ったら見学者だけで食堂がパニックになっちゃいますよ」 俺がそう返答すると、「私もそう思います」 「流石に食堂まで行くのは怠いな」 と、朝野さんと杏樹さんも俺の意見に賛同する。「はいはい。 そう言うと思ってましたよ〜」 と、半分拗ねた井上さんは口をとんがらさせてそう言う。 余り井上さんと関わりがない男なら、その様子一発でどんな我儘も許してしまうだろうが、俺は自分の中に眠る男という理性を限界まで強くし、その許してしまいたくなる誘惑に何とかして抗う。


「では、生徒会室に行きましょうか」 俺がそう言い、生徒会役員は自席に戻る。 否、訂正。 一瞬だけ自分の席に戻り、すぐに俺の席に来た人が一人だけいる——朝野さんだ。 「あの⋯⋯ すいません、副会長⋯⋯ 。 その⋯⋯ 少しお時間よろしいですか?」 朝野さんは、そう俺に小声で話しかけてくる。 誰にも聞かれたく内容なのだろうか? 「別に構わないけど。 どうしたの? 生徒会の書類整理で、何かミスでもしてやらかしてた?」 俺がそう尋ねると、朝野さんは顔を横に振り、「付いてきてください」 と言って、俺の制服の袖先を摘むと、そのまま俺と教室を後にした。


朝野さんは教室を出ても、その足を止めることは無かった。 むしろ、小走りに気味になりながら、俺をある所に連れて行こうとしている。 「ねぇ、朝野さん? どこに行くの?」 俺が尋ねても朝野さんは何も答えず、ただただ歩いて行く。 そのまま、階段をいくつか上がり学院内の最上階に着くと、朝野さんは踊り場にある、誰も寄り付かない為か少しガタが来ているドアノブを回して、扉を開いた。


「ここって——屋上?」 「手荒な真似をしてすいません。 誰も来ない所となると、ここしか思いつかなくて」 朝野さんは、小さく謝罪の礼をするとその綺麗な瞳を俺に向けてくる。 そして、少し間が空き朝野さんは口を開いた。 「修司さん。 私、修司さんに受け取って欲しいものがあるんです」 少し頰を赤らめて、朝野さんはそう話す。 「な、何でしょうか?」 その少し赤くなった顔も又、美しく心臓がドクン!となりながらも、その動揺を諭されぬように、平然とした態度で応える。 「これ、何ですけど⋯⋯ 」 そう言って、朝野さんから手渡されたのは、花柄の風呂敷で包まれた物だった。 「開けても良いの?」 俺がそう尋ねる。 朝野さんは言葉では無く、顔を縦に振る事で許可する。 「で、では⋯⋯ 」 こういう中身が分からないものを開けるときは、何故かは分からないがドキドキしてしまう。 俺は、自分の微かに震えている手を上手に駆使して、その包みをゆっくりと開いていった。


「こ、これは!」 風呂敷の中から出て来たのは——アルミ製の弁当箱だった。

「朝野さん。 これって⋯⋯ 」 俺は弁当箱から朝野さんにへと視線を戻しながら尋ねる。

「し、修司さんに食べていただきたくて⋯⋯ 。 少し早起きして作ってみたんです。 め、迷惑⋯⋯ でしたか?」 朝野さんは、ウルウルと涙目になっての上目遣いをしてくる。「い、いや全然迷惑とかじゃないから! 本当、感謝しかないから!」 俺がそう言うと、「本当ですか!? 良かった〜、頑張って作って来て」 と満面の笑みで朝野さんは答えた。


《そのころ教室では》

「嫌な予感がするわね」

「あぁ、かなり嫌な予感がする」

杏樹と、朱路は顔を見合いながらそう呟く。 そして、「探した方がいいんじゃねぇのか? 朝野はただでさえ一歩抜きん出ているのに、こんなチャンスを与えてたら、あたしたちに勝機なんて来ないぜ?」 杏樹は、朱路にそう進言する。 あくまで、自分で厄介な事をしたくない杏樹らしい行動だ。 しかし、確かに杏樹の言葉は的を得ていると、朱路は内心頷く。


「(くっ! ここは杏樹さんの進言に乗るべきなのかしら? でも、ここですんなり従うとなると、私のプライドが〜!!)」

そんな事を考えながら、朱路がうーん、うーんと唸っているのを目の前にして杏樹は、「おいおい、何を唸ってるんだよ? 会長様と、浅田は動き出したぞ」 と、言われ朱路はハッと我に返り、教室内を見渡す。 すると、自席にかけられていた二人の弁当箱と共に、二人の姿は消えていた。 いや、二人ではない。 そう、朱路に話した杏樹すらも彼女の弁当箱と共に姿を消していた。 教室内にいる生徒会役員は、朱路だけだった。 「も、もう! 皆んなどこに行ったのよー!!!!」 朱路の叫びは、教室内で食事を摂っていたクラスメイトこそ、驚かしたものの生徒会役員の耳には届いてすら無かった。



俺は、朝野さんから渡された弁当箱を受け取ると、屋上の角の方に移動する。 そして、屋上のフェンスに身体をもたれさすと、弁当の蓋を開けると、中から今まで見えていなかった、おかずとご飯が弁当の中に敷き詰められているのが、視界に入って来た。

「うわぁー! すごく美味しそうだよ! 朝野さん」 俺は、そう言いながら隣に腰を落とした朝野さんの方を見る。 「そ、そうですか? 良かったです。 一応、手作りなので味の方はお口に合わないかも⋯⋯ 」


朝野さんはそう言いながら少し照れ笑いをした。 うん? 俺今さっき大事な事を聞き流したような。 俺は、もう一度朝野さんの言葉を脳内再生させる。 美味しそうだと言ったことに対して、良かったと言い、そして、手作りだから口に合わないかも、と⋯⋯ 「て、手作り!?」 いきなり大きな声を出した俺に隣の朝野さんは、肩をビクリとさせる。 「これ、朝野さんの手作りなんですか?」 「は、はい⋯⋯ 。 急に大きな声を出してどうしたんですか? 私の手作りなんて食べられない、と言うのなら無理はしなくても良いですよ?」


朝野さんは、自分用の弁当を開けながらそう小声で呟く。 だが、弁当を開けるため下を向いているせいで朝野さんの表情を伺うことは出来なかった。 「手作り、って聞いたら今さっきよりもずっと食べたくなったよ! それに、こうやって作ってもらったからにはお礼として、また今度俺も朝野さんに弁当を作ってくるよ。 料理だけはちょっと自信があるんだ」 「修司さんのお弁当⋯⋯ ですか?」

「うん。 あ、もしかして男の人が作ったご飯なんて食べられない? なら、」 俺が言い終わる前に朝野さんは、俺との距離をぐっと詰めて、顔と顔との距離を目と鼻の先の位置まで近づけると、「大丈夫です! 是非食べてみたいです!!」 と朝野さんからは滅多に聞けない大きな声と、笑顔でそう言われた。



「おい! 見つかったか?」

「うんうん。 でも、一階にはいなかったよ」

「二階も、はぁー、いなかった、よ?」

杏樹、井上、浅田の三人は校舎内をくまなく探していた。 しかし、依然あの二人の姿は影も形もない。

「あと、探してない場所って⋯⋯ 。 学院内の公園くらい?」 井上がそう言うと、すぐに浅田が、「いえ、それはありません。 あの朝野さんが、多くの人目がつく公園などに円谷君を連れて行くはずがありません」 と否定する。 「となると、あとは屋上か? 朝野は、考え事があるときは、決まってあそこに行くし、あそこなら人目はつかないだろう? それに、」 ここで、一度杏樹は言葉を区切った。 ちょっとした嫉妬が杏樹の言葉を遮らせたのだ。 「それに、何? 杏樹さん」 浅田も言いかけの言葉が気になり、その先を尋ねる。

「それに、あの二人が初めて会った場所も、屋上だからな」


屋上にへと繋がる階段を駆け上りながら、杏樹は昔のことを思い出していた。 少女漫画のように、去年学院中から根も葉もない噂で嫌われていた朝野の逃げ場だった屋上で、唯一の味方であり続け朝野を副委員長補佐として、学院に認めさせるほど、学院内を走り回ったのは、誰でもない——円谷修司、人が困っていたら、その人がどんな人でも力を貸してしまうくらい、優しい性格をした私の大好きな人なのだから。


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