第6話 掘り起こされた封印されし記憶

学院寮を出て、すぐ近くにある櫻田公園へと俺は向かう。 歩き始めてから数秒して、俺は最大の失敗をしてしまっていることに気がつく。 そう、俺はまだ昼飯を食べていない、という失敗に。 しかし、今田さんからはすぐに来て欲しいと言うことなので、今から部屋まで戻り何かしらを口に含んで行っては時間がかかってしまう。 俺は、はぁーとため息を吐いて昼飯抜きの覚悟を決めると、再び歩き始めた。


この学院の土地は広大であり、中にいくつかの公園が設置されている。 学院側曰く、「食堂の混雑を分散する為に、外でも食べれる様に公園を多数設置した」とのことだが、この配慮が俺にとって、公園を近づきにくい存在にしてしまった。 何故なら、昼の公園は、俺みたいなぼっちがいる訳ではなく、多数のカップルでいちゃいちゃしながら、昼飯を食べる場所に次第になっていったからだ。 そんなところに俺が行けるはずもなく、結果今まで公園という場所に立ち入った事は無く、今日が公園に入るのは初めてになる。 知らない場所に連れていかれた子供の様な緊張感を抱きながら、櫻田公園にだんだん近づいていく。


櫻田公園が俺の目の前に広がった時、端に設置されたブランコに座り、ゆらゆらと揺れている人影が見えた——今田さんだ。

俺は階段を下ると、そのままゆっくりとブランコの方へと向かって歩く。 途中で今田さんもこちらに気が付いたのだろう。 ブランコから降りてこちらへと向かってくる。 そして、俺と今田さんは向き合うような形で公園の真ん中で立ち尽くした。


「本当に来てくれるとは思っていませんでした」 今田さんがそう話し始める。

「来て欲しい、って頼んできたのはそっちでしょ?」と、俺は応える。

「まぁ、そうなんですけどね。 取り敢えず、来てくれたことには感謝します、副会長」

そう言って今田さんが頭を下げる。 公園の真ん中で、二人きり。 そして、女子だけが頭を下げている今の状況。 これは他の人から見たら、良くない妄想をしてしまうかもしれない、修羅場かな?と。

「頭を下げる必要は無いから、早く上げて。 で、俺に用事があったの?」 俺がそう促すと、今田さんは頭を元の位置に戻し、こちらの顔を直視して、その視線を晒さない。 そんなに見つめられると、余計な緊張をしてしまうんだけど⋯⋯ 。

「実はですね、私は副会長ファンクラブの副会長を務めているんです」 今田さんは依然視線を晒さぬまま、口を開いた。

「今まで秘密裏に活動してきたファンクラブですけど、ここに来てようやく公に活動出来るようになってきたんです。 だから、私達の願う未来を実現する為に、力を貸してもらえませんか?」 熱意のこもった視線から顔を晒してしまいそうになるのを堪えて、俺は同様の熱意を帯びた視線を今田さんに返しながら、「悪いけど、俺もある人達との約束の下に生徒会にいるんだ。 だから、今田さんの頼みは聞き入れないな。 ごめんな」、と俺は言い放つ。 すると、今田さんは急に笑い声を小さく上げ始めた。 ふふふ、という笑い声が不気味な感じを俺の身体に襲いかからせてくる。 何か問題発言をしただろうか?

「でしょうね。 本当、私が予想した通りの返答をするんですもの、少し笑いがこみ上げてきてしまいました。 ところで、私達が何故今まで秘密裏に活動してきたか、副会長には理解出来ますか?」 今田さんは急に話題を変えた。 しかし、相変わらずあの不気味な笑みを浮かべている。 「さぁ? さっぱりだよ」 俺はそう応える。 「副会長のせいなんですよ? 全部。 副会長が、あんな学院を捨てたクズを庇うために、手を汚してしまったせいなんですよ!」 「その件については後悔もしていない。 ただ、俺が未熟者だった、それだけだ。 だから、あの人の事を悪く言うのはやめてくれ」 最後の方はどこか頼み事のような感じで俺は言葉を発していた。 しかし、今田さんの高ぶった感情は止まらない。 「まだ、あんなクズな女を庇うのですか!? あの人がした事を副会長は理解していなんですか? あいつは、副会長含む生徒会役員を全員世間のクズ野郎に売るような行為をしたんですよ?」 「それでも、最後はあの人も襲われかけていた、いくら酷い事をした人でも⋯⋯ 。 一緒に学園行事を行うための苦楽を共にしたあの人が目の前で襲われそうになっていたら、俺は見捨てる事が出来なかった」

「甘い、甘いんですよ、副会長! あの件でのイメージダウンが無ければ、副会長では無くて、会長になれていたんですよ? 副会長は、自分の愚かな選択で、自分の家族の生活をも壊したんですよ!!」 その一言で俺の理性は黒い海に沈んだ。「あ、あ、うあぁぁぁぁ!!!!!!!!」 頭の奥、そのまた奥の方に封印したはずの記憶が俺の脳を襲い、その一部始終が脳内で再生させる。 学院の旧聖堂の古倉庫。 人通りがゼロと言ってもいい程人気がない場所に、閉じ込められ手足を縄で縛られ身動きが取れない、生徒会役員。 そして、その周りにニヤニヤした表情を浮かべながら、縛られた役員達を上から値付けするように眺める片手にナイフを持った男達。 そして、その男達を指揮していた、今無き予算委員長。 俺がその場に入ると、途端に男達はそのナイフで襲いかかってきた。ナイフを振り回し、一つ間違えれば俺も死んだいたかもしれない状況に陥った俺は、無我夢中で男達に立ち向かった。そして、ハッと理性が戻った時には俺の前には血の池に沈んだ男達が倒れていた。 その後、教師陣に連行された俺に施された罰は一週間の謹慎。と言う思ったよりも軽い罰だった。 この学院の仕組みとして、学院選挙で選ばれた八人が話し合いの上、その役職を決める事になっているのだが、その事件による学院内の風評もあり、俺はそれまでの話し合いでは会長となっていたのだが、無理を言って副会長に変えてもらったのだった。 実は、この学院の会長には特別功労金として少しばかりのお金が支給される事になっている。 勿論、他の生徒で知っている人は少ない。しかし、俺の家は兄弟が六人もいて、とても貧しく、この特別功労金を貰えなければ生活することが出来ない所まで追い込まれていた。 俺が家族に貰えなくなった、という事を報告しに行った時の親、兄弟の絶望に溢れた表情は今も頭にこびりついている。 その数日後のことだ、俺を除いた俺の家族は夜逃げした。


脳内再生が終わり、意識が覚醒した時、俺は公園の内に倒れていた。いつの間にか涙を流していたらしく、目に少しの痛みを感じる。 そして、俺の上から二つの声がとびかっている。 一つは、今田さんの声。 もう一つは、あの時、生徒会役員達を助ける為に暴力を振るい、どうしたら良いのか分からず、役員達を縛っていた縄を切った後、古倉庫内で立ち尽くしていた俺を優しく抱いてくれた朱路さんのものだった。

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