第5話 非通知からの連絡
生徒会の会議が終わり、俺たちが学院を後にしたのは、昼を少し過ぎた頃だった。 今日の学院の授業は始業式しか無く、午前中で終わったので、もう少し早く終わるかと俺は思っていたのだが、思ったよりも俺が課題に手こずり結果、皆んなの昼ご飯の時間を遅らせてしまうことになっていた。
「なぁ、副会長様。 今日は朝野を送らなくていいのか?」
杏樹さんが、満面の笑みを浮かべて俺にちょっかいをかけてきた。
「今日はまだ明るいので、大丈夫だと思うんですが...。 朝野さん、大丈夫かな?」
俺は、そのまま視線を杏樹さんから朝野さんに変えて尋ねる。
「今日は井上さんもいるので大丈夫ですよ」
と、わずかな微笑みを浮かべて朝野さんはそう応えた。それと同時に先頭を歩いていた井上さんが振り返り、大丈夫!、と親指を突き立てながら言ってくれた。
俺たちが、五人で並んで帰るのは学院前の坂を下りたところにある交差点までだ。 俺のように学院寮で生活している杏樹さんはこの交差点を右に曲がり、家から通っている井上さん、朱路さん、朝野さんは、左に曲がる。 この坂も上がる時は大変だが、帰りは傾斜が歩く速度を上げてくれることもあり、そこまで時間がかからず、又疲れもなく下りることが出来る為、五人は両脇が桜色に染められた坂を淡々と下りていった。
「では、副会長。 また明日」
「バイバイ! しゅー君、綺羅ちゃん!」
「お疲れ様でした」
交差点で三人と別れを告げたのち、俺達は自分の生活の場へと戻る道を歩き始めた。
ここから先は、俺と杏樹さんが唯一二人っきりになる場所になる。 生徒会役員で学院寮から通っているのは、俺たちだけで他の皆んなは全員家から通っているので、いつも皆が同じタイミングで終わる生徒会なので、俺と杏樹さんは皆に聞かれたくないような話は去年からここで会話してきた。 しかし、今日はいつも通りとは程遠く、二人の間を流れるのは会話の声では無く、ただ静寂のみであった。 それも、杏樹さんがどこか落ちつきが無く、いつものように俺にグイグイ会話をして来ないのだ。体調でも悪いのか、と不安になるくらいだ。 それを言うのも、今朝体育館で会った時から、何かに緊張しているのか、常に元気溢れる杏樹さんとはどこか違っているように見えたからだ。 そして、二人して並んで歩いているのに、ただ静かな時が二人の間を流れる。 その静寂に耐えれなくなり、先に声を上げたのは俺だった。
「せ、生徒会役員が全員同じクラスになるなんて驚いたね」
「そだな」
「・・・」
やばい、会話が続かない。こういう時、友達がたくさんいる人は普通に会話することが出来るのだろうが、生憎友達が少なく、少しコミュ障なところがある俺には、何を話せばいいのか分からない。あぁ!こういう時こそ、男の俺が何か会話をしなければならないのに
! しかし、俺の足りない頭をいかに使っても出てきた言葉は、
「今日も、美化委員の仕事お疲れ様でした」
の一言だけだった。
それに対する返答は当然のように、
「ありがと」の一言だった。
そして、二人は春風の音だけが耳に響くなか、学院寮にへと入っていった。
俺の寮室は五階建ての男性寮の一階に位置していた。 この学院は個人のプライバシーはしっかりしていて、部屋を隔てる壁は全て防音仕様になっており、男女混合の寮は沢山ある学院寮でも、一つも存在しない。 聞いた話によると、昔ある男子生徒と、女子生徒が男女混合寮で子供を妊娠した事があり、それ以降混合寮は撤廃されたらしい。 俺は取り敢えず、手にしていた鞄をベットの上に放り投げると、部屋で充電しておいたスマホに手を伸ばした。 学院内では、授業以外はスマホの使用を許可されているが、今日は式だけしか無かったので持っていってはいなかったのだ。
俺がスマホの電源ボタンを押すと、今まで黒かった画面に光が現れ、今の時刻と楽しそうに笑う生徒会役員八人が写される。
俺は、そのままスマホに何かしらの通知が入っていないことを確認すると、スマホをもとあった場所に置き、制服のボタンに手を伸ばした。
制服を脱ぎ、クローゼットに掛けると俺はいつもの着慣れている服に身を包む。 学院の指定された制服は着ているとどこか息が詰まる感覚を覚えるので、寮に帰ったらすぐに着替えることにしている。 そして、そのまま俺は学習机と向かい合うようにして、椅子に腰掛けた。 学習机には、昨日やりかけていた予習の教科書とノートが散乱している。 本当は昨日の内に片付けるのが良かったんだろうが、片付けを後回しにして、溜まった時に一気に片付ける性格故に、今の悲惨な現状が目の前に広がっている。 そして、散らかった勉強道具を片付けようと手を伸ばしたその時、俺のスマホからプルルと電話音が鳴り響いた。
スマホを手にし、画面に表示されている電話番号を確認する。 そこに表示されていた番号は、「非通知」の文字。 俺は、少し不安になりながらも通話ボタンをタップして、スマホを耳へと近づけた。
「もしもし、円谷ですが」
そうは言ってみるものの、相手からの声は聞こえない。いたずら電話だろうか? 聞こえてくるのは後ろの方でガタンゴトンと電車が通る音だけだ。 その後、電車の音はだんだん遠くになっていくが、相手はまだ返答をしない。
「もしもし? 何か用ですか?」
不思議に思いながらも、俺は通話終了のボタンをタップしようと、耳からスマホを離した、その時、
「すいません。 今田です」
と相手から返答が返ってきた。驚いたことに電話相手は、始業式の時の今田さんだったようだ。
「今田さんでしたか。 で、何か用ですか?」
「いえ、用という訳でもないんですが、その、えぇと、今から予定とか入ってますか?」
今田さんは、何かに悩んだ後そう問いかけてくる。
「特に予定はないですが」
淡々と応える俺。 しかし、相手の緊張している感じは、電話越しでも伝わってきていた。
「では、今から学院寮の前にある、櫻田公園に来てもらえませんか?」
一瞬どうしようかと悩んだものの、特に予定も無いのに断るのは変かと思い、その誘いを俺が受諾したのち通話は終了した。
「何か用なのかな?」 俺は一人呟くと、スマホの連絡帳の中からある人に電話を掛けると、財布だけポケットに入れて、公園へと歩き出した。
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