第4話 友達以上の扱い

担任のSHRが終わり、俺たち生徒会役員は生徒会室へと集まる。 特に会話も無ければ、各々が課せられた課題を終わらせているという、何ともシンプルな構図が生徒会室で構成されている。

この光景は今まででもよく見られた光景だが、前まではクラスが別れていた為、全員が課題に取り組むことは無かったので、この静かでシャーペンで文字を書く音しか響かない状況に置いていかれないように、俺もシャーペンを動かした。


「しゅーりょうー!!」最初にそんな歓声を上げたのは井上さんだった。 花の生徒会役員は勿論学業の方も秀でている。

「疲れましたね」

「ふぅー、もうシャーペンは握りたくないってくらい文字書いたよ」

次々に皆んながシャーペンを、机に置く音が俺の耳に響いてくる。 ちなみに、今皆が取り組んでいる課題は春の読書課題だ。 学校側に指定された小説を読み、その感想を書く。 小説と言ってもそこまで長くはなく、せいぜい30ページほどの長さだ。 しかし、それを一度読んだだけで、原稿用紙一枚分の感想を書けるのは流石と言うべきことだ。

次第に文字を書くときに発せられる音から、会話の声にへと生徒会室に響く音は変わっていく。

それもそのはず未だ手にシャーペンを握っているのは俺しかいない。 皆んなが俺に遠慮して小声で会話をしているのが分かるが、人に遠慮されるのは、何だか気が引けて俺は好まない。 特に自分の才能不足からの遠慮だと、余計にだ。

「しゅー君。 そろそろ終わり?」

井上さんが俺に声をかけてくる。

「すいません。 あと半分程あります」

俺は、それだけ応えると原稿用紙に視線を戻す。すると、俺の席の端にコトッと音が鳴った。

音の方を見てみると、湯気がもうもうと立っている、俺専用の地味な一輪の花が描かれたマグカップが置かれている。 誰が置いたんだろう? 俺は疑問に思い原稿用紙に落とした視線を定常位置に戻す。 すると、お盆を持った朝野さんが隣に立っていた。

「熱いのでちょうど副会長が終わる頃くらいに、適温になっていると思います」

それだけ言って微笑みを浮かべると、朝野さんは自分のマグカップを自席に置いて、着席した。

マグカップの中を覗いてみると、中に注がれていたのはー梅昆布茶だった。 コーヒーを余り好まない俺の性格を良く知ってくれているんだな、と俺は何だか嬉しくなる。 そして、俄然やる気が出た俺は原稿用紙に文字を書き始めた。


「ねぇ、祐奈ゆうなちゃん。 私にもしゅー君が真紀ちゃんにしてもらえるような、信頼があるが故に出来ることをしてほしいんだけどー?」

井上さんが、補佐である朱路祐奈あかじ ゆうなにそう述べる。

「私は、会長から良き信頼関係を築ける様な行いをして貰えた事が一度もありませんので、不可能です」

きっぱりと朱路さんは断言する。 井上さんと小学校時代からの付き合いで、幼馴染でもある朱路さんだからこそ言える台詞だ。 しかし、その真面目と言うか、頭が固いと言うべき性格で、他の役員に比べれば少しファンは少ない。 だが、朱路さんの綺麗で風が吹くだけで靡き、辺りに良い匂いを撒き散らす、あの銀髪と、その銀髪の魅惑に勝る大人の感じの朱路さんは立派に花の生徒会役員の一角だ。 しかし、少し胸が小さい所が残念だが。


「えぇー!? 私、誕生日プレゼントは忘れた事ないし、バレンタインの日も友チョコ毎年上げたりしてるじゃん!」

井上さんは、唇をとんがらしながら反論する。

「それ、あくまで友達の範疇じゃない。 円谷君は、友達以上の行いを朝野さんにしてるってことよ。 私も友達以上として扱ってくれない人に、面倒なことをしてあげたいとは思わないわ」

次第に顔が赤くなっていくのを俺は感じていた。 それに伴い身体が暑くなっているのも。 改めて人から言われると、こういうのは気恥ずかしいものだ。なので、俺は照れていることを悟られない様に原稿用紙にずっと目線をやっていた。

「ふーん、なるほど。 ねぇ、真紀ちゃん! 真紀ちゃんは、しゅー君に何して貰ったの?」

井上さんは、そう言って朝野さんを会話に巻き込む。 しかし、生徒会役員の全員がこの会話に入っては来ないにしても、聞き耳を立てているように俺は感じた。 そして、井上さんに指定された朝野さんは、

「ま、まぁ、夜遅くなった時は家まで送っていただいたり、とかはして貰ってますが...」

と声を小さくして、朝野さんは応えた。

その返答と共に生徒会室にキャー!!という女子が盛り上がった時に発する声が高々と鳴り響く。

「真紀ちゃん照れてる〜」

井上さんが、朝野さんを揶揄からかい、

「これが友達以上の扱いってことよ」

朱路さんは、何故か納得し、

「なぁ、いつになったらあたしの話を聞いてくれるんだ?」

杏樹さんは、どうしても話を聞いてほしいみたいで、

「私もいつかは...」

浅田さんは、奥で静かに何かを決心した。


「よし!終わった!」

俺はそんな、新婚の二人が知人のところに遊びに行って、揶揄からかわれるような雰囲気を、大きな声を出すことで一変させようとした。 しかし、

「お、やっと終わったの? じゃあ、真紀ちゃんを家まで送ってるって話だけど、帰り道は二人でどんな会話してるの?」

全く雰囲気は変わらず、俺に向けて井上さんから質問が飛んでくる。 それも、どこか不敵な笑みを浮かべながら。 こういう時の井上さんは、何か良からぬ事を企んでいる顔だ。

「普通に学校であった話をしているだけですが」

「じゃあ、次の質問!」

俺が言い終わるや否や、杏樹さんが綺麗に手を上に挙げる。

「副会長様は朝野の家知ってんの?」

「家まで送ってるので、知ってはいますが」

「朝野の親はその事知ってんの? 男が送ってるって事」

目が異常に真剣な杏樹さんの質問に俺は回避することは出来ず、ありのままを話すしか選択肢は無く、

「し、知ってますよ。 挨拶もしてますし」

と誰にも言ってなかった真実を言うしか無かった。

「ちょ、ちょっと、副会長! その事は話さなくて良いですよ!!」

後ろで顔を赤らめていた朝野さんに叱責を受けてしまう。

「しょ、しょうがないじゃん! あんなに真剣に聞いてくる杏樹さんに嘘はつけないよ!」

もう! と朝野さんが一気に不機嫌になってしまった。

「ご、ごめん。 朝野さん」

朝野さんからの返事はない、余程不機嫌にさせてしまったようだ。

「さ、皆んなの課題も終わったようですし、さっさと会議を始めませんか? 私この後ピアノのレッスンが入っているんです」

そう言って、この追求モードの井上さんと、杏樹さんから、俺たちを救ってくれたのは、浅田さんだった。


明治から続く貴族の家に生まれた、浅田さんは言わずも知れたお嬢様だ。 家の大きさは普通の家の何十倍にもあり、俺たちと同じ制服を着ているのに、一人だけ異様な高級感を身体から放っている。 浅田さんの周りだけ空気が違うようにキラキラと輝いて見える程だ。


「そうだね。 じゃあ、始めようか。 と言っても話す議題は一つ。 今田さんの事だね」


会長がそう言って、会議を仕切り始める。 議題に上げられた彼女は、今日の始業式で意見を述べた彼女だった。


「彼女の事で分かった事があります」

そう言って話し出したのは朱路さんだった。

「彼女は、今まで円谷君には内密にしてきましたが、秘密裏に結成された副会長ファンクラブの副会長という身分を持っているという事。 そして、何時も副会長を独り占めしている朝野さんを辞退させようとした、という事です」

調査ありがとう、と会長は補佐に一言礼を言うと、今度は俺の方を見てくる、そして、

「今まで黙っててごめんなさい。 実は、しゅー君のファンクラブが設立して、私達生徒会役員を全員辞退させよう、といった動きがある事は知ってたんだけど、それを話したらしゅー君が心配して、みたいに、単独行動させてしまうのが怖くて言えなかったの」

そう言って会長は、俺に頭を下げる。

「や、やめてください、会長。 俺はそんな事気にしてませんから」

俺がそう言うと、会長は頭をあげた、そして、

「問題はここからだから。 皆んな気を引き締めてください。 万一にでも、辞退を余儀なくされるような行動は取らないように」

そう言って会長は、会議をまとめた。


会議も終わり、皆が帰った後、浅田は一人生徒会室の自席に腰掛けていた。 皆んなは先に帰った。 浅田は、迎えが来るまでここに居させて、と会長に我儘を言い鍵を預かっていた。「ここまでして貰ったんだから、朝野さんにも、朱路さんにも、杏樹さんにも、ココナさんにも負けてはいられないの」

浅田が呟いた一言は、生徒会室に吸い込まれていった。


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