第2話 突然の発言者

櫻田学園の体育館は、生徒会室や生徒の教室などがある本校舎とは少し離れた位置に位置している。

離れている、と言っても授業で使うこともあるので、せいぜい歩いて2分ほどの場所だ。 俺の後ろを歩く朝野さんは、あの会話が終わって以降はいつも通り俺の後ろを静かに付いてきている。

そして、俺は体育館へと続く道の途中で望める桜の木を眺めながら体育館へと歩いていた。 桜の花は美しい、と俺は思う。

別にその美しさを語れるほど俺は優れた人間では無いが、どこか日本人を虜にする美しさを秘めているように思える。

そして、次第に目的地である体育館が見えてきた。 この体育館は昨年耐震工事が終わり、創立以来一度も手を加えられていなかった、そこは依然の古風を漂わせる雰囲気は無くなり、見違えるほど綺麗になっている。

「修司さん。 頑張りましょうね」

体育館の扉を開ける前に、後ろにいる朝野さんに声援を送られる。 俺は、おう!、と応えて閉ざされている扉を開けた。


まず、俺と朝野さんを迎えたのはステージの上に立ち、指揮をとっている美化委員長の怒声だった。

「おい、そこのデブ野郎! そこの椅子がずれているだろうが、しっかりしやがれ!!」

そう言ってほとんど名指しの様なものを受けた確かに少しぽっちゃり目の彼は、すいません!!、と言いながら椅子を整える。

「相変わらずだな、杏樹あんじゅさん」

俺は思わずそう呟く。

「相変わらずですね」

すると、朝野さんもそう呟いた。

「おい!そこの入り口に突っ立てる奴らって、副会長とその補佐じゃねぇか!!」

杏樹さんは、俺たちの事に気がついたらしく、ステージから降りて俺たちの方に駆け寄ってくる。

杏樹綺羅あんじゅ きら、我が学園の美化委員長であり、女王の異名を持つ超ドSの彼女は、自分の怒りを表しているかの様に赤い髪をなびかせる。 そして、その性格とは似つかわしくない容姿で、特徴的な大きな目で見られるだけで、男は恋に落ちる、とも囁かれている。


「お疲れ様です、杏樹さん」

「なーに、あたし達の仕事はこんな誰にでも出来る椅子並べと長机の調達だけさ。 それより今から司会で皆んなの視線が集まる副会長様の方が大変だろ?」

こういう風にさらっといい性格をしているのも、人気の秘訣だ。

「会話中申し訳ありません、副会長、美化委員長。 そろそろマイクテストとリハーサルをしなければならないので会話をやめてもらってもよろしいですか?」

すると、朝野さんが後ろからそう話す。

「まぁまぁ、そんなん適当にすれば何とかなるだろ?」

杏樹さんは、まだ会話をしていたいらしくその助言を跳ね除けようとする。

「ならないので進めているんです」

実のところ、この二人は余り反りが合わないらしい。 それもそのはず、朝野さんはしっかりとした性格で課題などは確実に提出する人間だが、対して杏樹さんは、少し大雑把な性格をしていて、授業の居眠りなどでしばしば教師から呼び出しも食らっている。


「すいません杏樹さん。 後で話は聞くので」

と、俺は二人が本気で口論になる前にそう告げる。 杏樹さんは、少し悩ましい顔をしたが、後でな!、と言うと前までいたステージの方に戻っていった。

「本当美化委員長っていう人は・・・」

朝野さんはそうやってブツブツ言っている。

「まぁ良いじゃないのかな。 あれも杏樹さんの個性って受け止めたら」

俺は、それにさりげなくフォローを入れる。

「まぁ、副会長がそう言うのなら」

朝野さんがそう言うと、ステージ横のドアから顔をひょっこり出した、放送部の人に手招きを受ける。

「さぁ、マイクテスト行こうか」

俺がそう言うと、朝野さんは、はい、と返して手招きされた方へと歩いて行った。


マイクテストもリハーサルも終わり、今の時刻は午前八時五十分。

ザワザワと在校生が現れ指定の席に腰をかけて周りの人達とワイワイ話している。 少しザワつき過ぎると、俺も注意を促さなければならないのだが、これくらいならまだ大丈夫だろう。

式の開始は、九時からと予定ではなっている。 遅れはしたものの井上さんと、風紀委員長である浅田あさださん、生徒会長補佐である朱路あかじさんも生徒会役員席に着席している。

立っているのはこの場では教師を除くと、俺のみ。 今まで何度も司会をしてきているが、この緊張感には全く慣れて来ない。 若干手も震えているようで、その延長で声も震えないか心配になる。

俺の緊張を他所に在校生はどんどん体育館へと入ってくる。 そして、時はその時刻を迎える。


「では、全員の入場を確認しましたので始めさせてもらいます、全生徒起立!」

俺の司会の声と同時にガガッと椅子が後ろに引かれる音ともに全生徒が立ち上がる。 勿論生徒会役員もその場で立ち上がる。

「今から、司会を円谷修司で第48期始業式を開式します、一同礼!」

その声と共にピアノの音が流れ、生徒はそれに合わせて頭を下げる。 俺は、皆の頭が上がったタイミングで、着席してください、と言うと、次の過程に進めた。


式は順調に進んだ。 会長挨拶も一言も噛むことなく綺麗に言い終わり、新入生代表挨拶も噛みはしたが、それでも大きな失敗なく終わった。

そして、最後の過程に入る。

「それでは、最後に何か発言したい先生、生徒はいますか? いれば挙手してください」

これは、お決まりなのかと言うほど最後になるとある。 ほぼ誰も挙手することなく終わるのだが、今回は異例なことにある女子生徒がスッと手を挙げた。

俺はそれを見ると多少驚いたものの、朝野さんにマイクを持っていくよう目で合図する。

そして、朝野さんからマイクを受け取った彼女はその場で立ち上がり、言葉を発する。


「私は、生徒副会長補佐である朝野真紀の辞任を申し上げます!」

直後、体育館の中にどよめきが生じる。 マイクを渡しに行った朝野さんの表情は伺えないが、あまり良い表情はしていないだろう。

「皆さん静粛にお願いします!」

俺はどよめきが拡大する前に全生徒にこれ以上騒ぐなと釘をさす。


「まず、学年と名前。 それと、その発言に至った理由を述べてください」

俺は司会らしく冷静な対応で、その場を仕切る。 生徒会役員席に目をやる暇は無かったが、どんな気持ちなのかは容易に理解出来る。

「私は、三年の今田というものです。 理由は、その女が副会長と補佐という役職以上の関係を築こうという思惑が見て取れるところから、不適者であると判断したからです」


今田と名乗った彼女はそう端的に述べた。

議題になっている朝野さんはその場で立ち尽くし反論の一つもしない。 動揺が理性より優っているのかもしれなかった。


「今田さんの意見は理解しました」

俺は、このどよめきから静寂に変わった体育館に声を響かせる、そして、

「しかし、その意見はすいませんが生徒会役員で取り扱う必要も無いです」

と、俺は続けた。

「ということは、この場で受理された、と判断してよろしいのでしょうか?」

彼女はそう返す。

「えぇ、よろしいです。 不受理、ということで」

俺の発言にまたもや体育館にどよめきが起こる。

「どうしてですか!? 私が述べた事実のみで不適者であることは証明でき、辞任するのには必要過ぎる証拠です! それを庇うということは副会長も同じ失態を犯している、ということを意味するのですよ?」

彼女は顔を真っ赤にして、そう弁論する。

しかし、俺の心には少しも響かない。

「私にとっての副会長補佐は朝野しかいません。 他の人では、失礼かもしれませんが、私の要望に応えれる働きが出来る人はいないでしょう。 それに、私と朝野の間に不埒な関係はありません。 ただ、私は朝野に副会長補佐として絶対的な信頼を置いているので、もしかしたらそれが、今田さんには不埒な関係では、と疑わさせてしまったのかもしれませんね」

俺がそう言うと、彼女はマイクを朝野さんに返して椅子に腰掛けた。 俺はそれを見ると、閉式の挨拶を述べた。




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