あなたは誰と共におちていく?

@jofa

第1話 櫻田学園と共に俺にも春がやって来た


桜が俺ー円谷修司つぶらや しゅうじの頭上で春風に吹かれ、ヒラヒラと舞い落ちている。 その光景を眺めながら、俺は通っている櫻田学園にへと続く坂道を登っていた。

通っている、と言っても学園寮生活なのでそこまで遠くは無いが、この学園名物とも言えるかなりの傾斜を誇る坂を毎日登るのは辛い。自転車で登ろうとしてはいけません!と口すっぱく教師陣も言うほどだ。

俺はその坂をゆっくりと歩いていると、前の方に俺と同じ制服に身を包んだ学生の集団がワーワーと騒ぎながら坂を登っている。 見る限りこの坂道の桜の木の隙間から見える海の景色に感動している様子で、海の方を指差していた。

その様子から、俺は彼らはこの春入学してきた新入生だと判断した。 何故なら俺も去年の今頃あんな風にーいや1人であの海の景色を見て感動していたことをふと思い出したからだ。


俺は、新入生が海に目を奪われている隣を抜くようにして、坂道を更に登る。そして、ようやくその姿を現した大きな学園に俺は足を踏み入れる。

既に一年通ったが未だに慣れないこの大きくて、華美な校門をくぐり、俺は校舎内へと入り、一階の職員室の隣に位置する生徒会室の扉をノックする。

すると、中から、はーい!、と大きな声で返事が返ってきて、俺はそれを合図にその扉を勢いよく開けた。


大きな学園である、櫻田学園だが、生徒会室は至って平凡だ。この学園のほとんど全ての行事で指揮を取るにも関わらず、生徒会役員である7人が入れば、窮屈さを感じてしまうほどの狭さで、中にあるのも個人に与えられた机と椅子、ホワイトボードしかない。

俺は、生徒会室に入ると先ず、生徒副会長と書かれた名札が置かれている机に自らの鞄を置くと、そのまま椅子に腰掛ける。


「おはようございます、副会長」

生徒副会長の補佐を務める、同学年でありながら、すらっと伸びた長身とチャームポイントである長い黒髪がその容姿の美しさに絶妙にマッチしている朝野真紀あさの まきから朝の挨拶を受ける。

「おはよう、朝野さん」

俺も同様に挨拶を返す。 そして、そのまま俺のノックに大きな声で返事を返した人の方を向く。 そして、

「おはようございます、会長」

と挨拶をする。 すると、

「ぶぅー!!! 何で、真紀ちゃんは苗字で呼ぶのに私は会長なのさー!」

と、唇をとんがらせて不機嫌そうに返される。

「はぁー、分かりましたよ。 井上さん」

俺がそう言うと、さっきまでとんがらせていた唇が緩み、少し笑みをこぼし始めて、

「うん。 おはよう!しゅー君」

と、挨拶を返してくれた。


「かい...井上さん。 しゅー君と呼ばないでくださいと、何度も言ってるじゃないですか」

「えぇー、ダメなのー? 可愛いのに」

「ダメです」

俺は即答で、そう断言する。 しかし、既にこのやり取りは10回くらいしているので、効果がないことは悟っているが。

「えぇー?? そんな即答しなくてもー」


俺は再び、ダメです、と繰り返す。 しかし、会長は、なんでー?なんでー?、と追求してくるだけで、改善はしてくれそうにない。


「理由は言えないけどダメなんですよ」

俺はそう言うが、向こうは理由を聞かなければ納得しないらしく、次に会う時にはまた、しゅー君と呼んでくる。 勿論理由なんて言えるはずがない。

だって、学園の全男子の憧れである、会長にしゅー君と呼ばれる間柄なのだと知られれば、俺はこの学園で生きていけないからだ、なんて理由を俺の口からするなんて恥ずかしぎる。

しかも、そのことに会長は気づいていないらしく、全男子を虜にする美貌と、少し小柄でありながらも胸が大きく、トドメと言わないばかりの茶髪のポニーテールで、男子がほっておく訳がないのだ。


それに、かく言う俺はというと顔面偏差値50そこそこで、学園でも地味な部類に属しており、生徒副会長の座がなければ誰も俺のことを認知はしていない、と言っても過言ではなかった。


「ところで、他の役員はまだ来てないのか?」

俺は、朝野さんにまだ空席になっている役員の所在を確かめる。

「はい。 保健委員長は遅めのインフルエンザで欠席という連絡は受けましたが、残りの、生徒会長補佐と、風紀委員長がまだ来ていません。 美化委員長は、始業式の準備にあたっています」

俺は、分かった、と一言言うと、机の上に置いた鞄から今日の始業式の進行予定が書かれたプリントを取り出す。

基本的にこう言った式の司会を務めるのは副会長の仕事になる。 会長は、代表の言葉を生徒の前に立ち述べるのみだ。


しかし、この会長ーいやこの俺を除いた生徒会役員は全てにおいて完璧なのだ。 7人中6人が女子のこの役員で、その6人全員が才色兼備と謳われ、学園からは、『花の生徒会役員達』と呼ばれている程だ。

全員が、ファンクラブが立ち上がるほどの男女を問わない人気で、稀にそのファンクラブ同士の対立が問題になるくらいだ。

今日でも、既に生徒会役員が学園の不満を聞くために設置された、意見ボックスには、男子による熱烈なラブレターが一人辺り5枚程入っていたらしく、ゴミ箱に複数のハートのシールで閉じられた手紙が捨てられている。 そして、空席になっている机の上にも同様に手紙が積まれていた。

勿論、俺に宛てた女子からの手紙は無いが。


「副会長、そろそろ時間です」

俺がボーとして、プリントを眺めていると、後ろから朝野さんに声をかけられる。

「分かった。 行こうか」

そう言って俺は立ち上がり、依然座って他の役員を待っている会長に一礼してから、俺は始業式が行われる体育館にへと向かう。


道中、朝野さんに声をかけられる。

「集中している時にすいません。 一つ仕事と関係の無い話をしていいですか?」

俺は、いいよ、と返し歩くスピードを少し緩めて顔を後ろにやり、朝野さんの顔を覗く。

「最近、修司さんのファンクラブが立ち上がろうと言った行動が女子の間で見られるようなんです。 だから、その、、」

朝野さんは、生徒会室では副会長と呼ぶが、こう言った二人きりで話をするときは、修司さんと呼んでくれる。 何時も副会長という呼び名では肩がこるでしょう、と本人は言っている。

「気をつけてくださいね?」

と、朝野さんは話した。

「何を気をつけたら良いのか分からないけど、一応気を付けておくよ。 と言っても、常に隣には朝野さんがいるから心配はしてないけど」

と、俺が返すと、朝野さんは小さく、バカ、と言って顔を下に向けてしまった。


二人が去り、一人っきりになってしまった生徒会室に取り残された、会長こと井上さんは、椅子に深く腰掛けながらゴミ箱いっぱいに積まれたラブレターに目をやる。

そして、一際大きい溜息を静寂に包まれた、この部屋で吐いた。 何故こんなにも心がざわつくのか彼女には分かっていなかった。 ラブレター自体は何度も目にして来た、自分宛のも、他の役員の子宛のも。 でも、こんなに心がざわつくのは初めてだ。

あの大量のラブレターの宛先が、しゅー君なだけで。

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