(47) Alone
大河はサスケの誘いを無視するように、隣ではなく向かい側に座った。
三台一組で走ることの多い共同のメッセンジャー。サスケとよく走っているドラゴンとドルフィンというふざけた名前のメッセンジャーは、サスケとは少し離れた場所で他社のメッセンジャーと喋っている。
「お友達と一緒に食べるリングは美味しいわ」
大河はサスケの言葉には答えず、自分の言いたいことを一方的に相手にぶつける。
「パレードについてもう少し教えてもらいたい」
大河は人と物を食べるのが苦手というわけではなく、事務所で皆と食べる朝晩の飯は、実家で親と食べていた頃の贅沢な食事より美味い気がする。
ただ、食事だけでなくお喋りも走ることも、一緒に行うことを拒否したい奴が居る。それが目の前のサスケという女。
大河はサスケの共同のTopressとして他のメッセンジャーより高所から物を見ているような口の利き方が嫌いで、自分と似ている体型、体格、そして筋肉が嫌いで、トラックレーサーを漕ぐ時の自分と同じ走り方が嫌いだった。
サスケは自分のリングの入った紙箱を開ける。中身まで大河と同じプレーンなリングだというのにも腹が立った。
それでも、今の大河はパレードなる違法レースでアン先輩を勝たせるため、情報を収集する必要があった。サスケはイヤな奴だけど、無益に頭を熱くするのは大河の信条に反する。
「何でも聞いて。お友達だもん」
大河を最も苛立たせているのは、自分と似た存在を嫌っている大河の姿を鏡で逆さに映すように、サスケは自分のことを共に走るべき仲間と言い、一方的に好意を寄せていることだった。
大河は鏡に映る自分自身を叩き割りたい衝動をクールに抑えつつ、まずはパレードのルールから聞き始めた。
人工島中心部の環状道路を一周し、それから海まで走って海沿いに置かれた荷物を回収し、また中心に戻って環状道路を一周するという単純なルールを始め、今まで何度かのパレードで編み出された攻略方法や、競技後の賞品授与式で出る屋台の内容まで、サスケは詳しく教えてくれた。大河はそれらの情報の中から不要な物をフィルタリングし、重要と思われる情報を頭に刻み込んだ。
互いに片手で持ったリングを食べながら、向かい合って喋っている姿は仲がいいように見えなくも無かったが、大河はこのサスケという女を信じてはいない。サスケがもたらした情報が自分を勝たせまいとする欺瞞であることを最も警戒し、疑わしき物は迷わず切り捨てた。
大河はひとしきり話しているうちに、三つのリングを食べ終わっていた。サスケも同じくらいのスピードでリングを食べたらしく、空の箱を丁寧に畳んでいる。
大河は自分の紙箱を握力で潰し、芝生広場の中に幾つかあるゴミ箱に放り込んだ。サスケは箱に入っていた紙ナプキンで口と手を丁寧に拭いてから立ち上がり、わざわざゴミ箱まで歩いていって紙箱を捨てている。
そこで気付いた。大河にとって憎むべき存在である、自分自身と似た女は、今の自分を鏡に映した姿ではなく、親の夜逃げも受験の失敗も起きなかったなら、そうなっていたであろう自分だった。
もしも自分が何一つ不自由の無いお嬢さまのままだったら、そんなものを見せられて好感を抱けるはずが無い。パレードの情報をくれた礼に少しくらい話に付き合ってやろうと思っていた大河は、やっぱり必要な情報を引き出したらさっさとこの女から離れることにした。
外して近くに置いていた赤いメッセンジャーバッグと、虎のペイントが施されたヘルメットを身につけた大河は、倒して放り出していたいたトラックレーサーを起こした。
「もう行っちゃうの?」と大河を引きとめようとするサスケを無視して、芝生の広場を出ようとした大河の目に、サスケと一緒に走っている二人のメッセンジャー。ドルフィンとドラゴンが目に入った。リングとお茶を供に、さっきとは別の他社メッセンジャーとお喋りをしている。
「もう一つ聞きたいことがある。あんたはなんで、いつも誰かと一緒に走っているの?」
サスケは昨日も見せた体育座りの格好で、大河を見上げる。この姿勢が彼女の上品な外面か崩れ、弱い自分が出そうになった時の仕草だということは、わかりたくもないのにわかってしまった。自分もそうだったから。
「自転車で出来るだけ速く走るなら、チームを組んだ方が有利よ。風避けや先頭の交代、情報の共有。それに、人は一人だと弱くなるわ。わたしは一人になるのが怖い。とても怖い。だから今はドラゴンやドルフィンと走っていて、これからは同じ走り方、同じ速さで走れるあなたと走りたい」
大河はサスケに背を向け、トラックレーサーを押しながら歩き始めた。やっぱりこのサスケという女には近づいてはいけない。親に逃げられ先輩を一人で生きていくと決意する前の、弱い自分に戻ってしまう。
「私が一緒に走るのはアン先輩だけ、あんたとは絶対に走らない」
それだけ言って、大河はサスケの前から去った。
まるで死んだ自分を墓から掘り出し、亡骸と喋ったような気分になった大河は、午後の仕事をこなしながら、頭を今考えなくてはいけない事に切り替えた。
パレードは毎年夏至の日に行われる、それは数日後に迫っていた。
大河が午後の仕事を終えて事務所に帰ると、普段はテーブルを囲んで夕飯を催促しているロコや烏丸姉妹が、アン先輩の座るオフィスデスク前に集まっていた。
皆が見ていたのは、ノートPCのディスプレイに映る一通のメール。
大河も首を伸ばして覗きこんだ。文面は極めて単純なもの。
メッセンジャーカンパニーHotRings様
御社のメッセンジャー五名を当メッセンジャーユニオンの開催するパレードランにご招待させていただきます。
アン先輩が大河を見た。大河は頷く。それで全員の同意が取れたのか、アン先輩はPCのキーを叩き。参加を受諾するメールを送信した。
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