(45) Parade

 大河は立てたトラックレーサーに寄りかかったまま、サスケの話を聞いた。

 流通の多くを自転車に依存し、百人ほどのメッセンジャーを擁する海上都市ステラ・ポラリスで一年に一度、夏至の日に行われるパレードイベント。

 最初に聞いた時、大河は学費と生活費のために働くメッセンジャーたちが見世物に参加する余裕などあるのかと疑問だったが、メッセンジャーのほとんどがパレードに参加するらしい。


 島の中心部にあるブリッジ区画のさらに中央。総合庁舎を囲う環状道路を百人のメッセンジャーが周回し、住民や就労者にアピールをする。そしてパレードの本番はその後に行われるフリー走行。

 メッセンジャーカンパニーごとに引くクジで当てた、各々等距離にある配送先までトラックレーサーを走らせ、荷物を受け取って再びブリッジに戻る。最初に戻ってきたメッセンジャーには優勝者として奨励の品が贈与される。

 つまり島内全域の公道を利用したメッセンジャー同士のスピードレース。当然、メッセンジャーの乗るトラックレーサーに対して寛容な警察当局も表向きは開催を禁止している。


 パレードはかつてオートバイレースが公道の一部を封鎖して行われていた頃の建前的な隠語。速度違反ゆえタイムを公表されぬモータリゼーション黎明期のレースでは、当時各メーカーが威信をかけたレーシングバイクを持ち込み、順位を競っていた。

 メッセンジャー達が挙って違法レースに参加する理由は、この島で最も速いメッセンジャーに選ばれ、次の大会までTopressの中でも最も重要度の高い仕事を優先的に請けられるという、社会に出れば何一つ役に立たぬ栄誉だけではなく、その副賞。


 それは優勝者に非常に趣味の悪いトロフィーと共に贈られる、県警発行の安全運転協力者カード。

 毎年最も交通安全に貢献したメッセンジャーに授与されるという名目のカードは、交通違反を一回だけ見逃してもらえる。

 メッセンジャーの間ではブタ箱を出られるパスと呼ばれるカードは、違反とその反則金が大きな痛手になるメッセンジャーにとってヨダレが出るような代物で、これがあれば警察による取り締まりが厳しい時にも、一度限りの自由な走りが出来る。

 正直なところ、無謀な違法走行とは縁の無い大河には、どの特典も食指が動くものではなかったが、メッセンジャーが集まる示威行為的なお祭り騒ぎには興味があった。


 ひとしきり説明を聞いた大河は、まだ話し足りないといったサスケをドーナツ屋の芝生広場に残し、午後の仕事を始めた。

 トランシーバーで入った飛び込みの依頼に従い、運送会社の配送センターまでトラックレーサーを走らせていると、曲がり角で大通りに入った途端、前方に見慣れた背中が現れた。

 黒いトラックレーサー、黒髪長身、真珠色に赤い目玉の入ったヘルメット。亥城アンが大河の前方を走っていた。

 Topressの時だけでなく、普段の巡航速度からして他のメッセンジャーより速いアン先輩に、大河はスタンディングで漕ぎながら追いつく。アン先輩は大河の顔を見てニッコリと笑った。

「共同の連中から聞きました。パレードのこと」


 アン先輩は表情を変えることなく、スピードを少し速めた。

「サスケちゃんね、いい子でしょ?仲良くなれると思うわよ」

 ボトルホルダーから取り出した水を飲んでいた大河は、返事替わりに口に含んだ水を吐き出しながら言った。

「先輩はもう自分が速く走れないから、私にtopressを譲りたいって言ってましたね」

 アン先輩は大河の言葉より、走りながら喋っている時の呼吸と心肺の動きを確かめるように、耳を済ませていた。

「そうよ。大河ちゃんなら、きっとパレードでもみんなに勝てる」

 

 大河はさっき飲んだ水をもう一口飲む。昼に三つ食べたリングが水分を欲していた。大河は水の要求には応えられても先輩の求めには応じられない。

「私がまだまだ先輩に及ばないということがわかれば、先輩はこれからもTopressとして走ってくれますか?」

 アン先輩はトラックレーサーを高速で走らせていることが信じられない、街で歩きながら喋っているような感じで答える。

「私は大河ちゃんが自分に一番いいと思うことをしてほしいだけ。無理なこと、能力に見合わない事は決してはさせないわ」

 大河はアン先輩と並んで走りながら、もしかしたら今、全力でペダルを漕げば、ずっと背中を追っていたアン先輩に自分の尻を拝ませることが出来るんじゃないのかと思った。

 頭を振って馬鹿な考えを振り切る。事実、ハイペースの巡航で息が上がり始めている大河に対し、アン先輩は呼吸ひとつ乱していない。


「もしも先輩がパレードで勝てば、先輩は自分がまだ私より速いメッセンジャーだって認めてくれますか?」

 アン先輩がトラックレーサーを更に加速させる。口ばかり達者な後輩を痛い目に合わせてやろうということかと思った大河は、サドルから持ち上げた尻を左右に振りながら食い下がる。

「アン先輩、パレードでは私が先輩をアシストし、今年も先輩を勝たせてあげます。それが出来たら私の言う通りにしてくれますね?」

 大河が息も絶え絶えの声で言った内容に、パレードの前年優勝者は微笑んで頷いた。

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