(44) Sasuke

 大河の横に座った共同のメッセンジャーは、握手の手を差し出しながら名乗った。

「サスケといいます」

 苗字かファーストネームか、どっちにせよ通り名で呼び合うことの多いメッセンジャー、男の名前とはふざけていると思いながら、大河はリングで汚れた手のまま、サスケというメッセンジャーの手を握る。

 体型は男らしいというより豊満で女性的。身長は女の中背程度の大河と同じくらい。髪も同じセミロングで、栗色がかった大河とは異なり、太陽の下ではうっすら紫色に見える漆黒。握力は鋼のように強かった。


 サスケという女はこの三人組のリーダーらしく、彼女と大河の握手が終わった頃合で手を伸ばしてくる。

 「ドラゴンだ」「ドルフィンです」

 大河はもう一口頬張ったリングを吹き出しそうになった。いい年、と言えるほどの年齢じゃないが、並みの高校生より早く大人にならなくてはならない定時制学生が、子供のゴッコ遊びみたいなアダ名で呼び合うとは、あまり頭のいい集団に見えない。

 名乗りの通りドラゴンのヘルメットには龍のペイント、ドルフィンはイルカのペイント、サスケと名乗った少女は、黒地に歌舞伎の隈取がペイントされていた。

 

 わざわざ近づいて話しかけてきたからには、何か用があるのかと思い、大河は特に自分から話しかけなかった。サスケとドラゴン、ドルフィンも普通の人間にとっては甘くてくどいが、運動量の多いメッセンジャーには必要な栄養が含まれたリングの箱を空け、嬉しそうにかぶりついている。

 一つ目のリングを食べ終え、アイスティを一口飲んだサスケが、話し始めた。

「あなたは速いですね」

 大河は、言葉遣いは丁寧だが、二つ目のリングを食べている途中に話しかけてくる無作法な女に、相応の返答をした。

「そりゃどーも」


 正直なところ、大河はこの島のメッセンジャーの中で特権階級的な地位に居る共同の人間の中でも、右舷地区を担当しているのか、よく姿を見かけていた隈取りヘルメットの女に対して、奇妙な感情を抱いていた。

 話し方や態度は異なるけど、背格好が同じくらいのサスケは、どこか自分に似ている。

 外貌や境遇ではなく、メッセンジャーにとってそれより重要な個人要素であるトラックレーサーの漕ぎ方、筋肉の使い方が大河と同じで、普段は冷静に効率的に走っているサスケが、Topressの仕事で長い直線にさしかかった時の、尻を持ち上げ筋肉のバネを使って加速する様は、自分自身を見ているようだった。

 大河は自分と似ているサスケが嫌いだった。自分と正反対のロコとどっちが嫌いか考えたが、あれは外敵ではなく害虫のようなもの。


 サスケは大河の気持ちを読むように、しばらく黙っていたが、大河が二つ目のリングを食べ終え、コーヒーを一口飲んだ頃合で話しかけてきた。彼女なりにさっきの無作法を気にしていたのかもしれない。

「わたしは、あなたと走りたいと思っています」  

 大河はサスケを見ることはせず、三つ目のリングを手に取りながら言った。

「私は汗臭い仕事はしたくない」

 この海上都市で最速のメッセンジャーを擁し、ブリッジと言われる島の中心区画で発される最も高単価な仕事を引き受けている共同輸送社は、他の区画を縄張りとするメッセジャーカンパニーから、優秀なメッセンジャーを引き抜いている。


 大河としては、社内で最速の看板を負うTopressの仕事だって御免で、何とか回避する方法を考えているというのに、常時Topressみたいな集団に入るのは考えられないことだった。熱い走りは、クールであり続けることで体面を保っている今の自分を否定することになる。

 それに、引き抜かれるべき人材が居るとすれば、それは自分ではなく、強く速いアン先輩だった。

「あなたは亥城アンさんの後を継ぎ、右舷区画のTopressになろうとしている」

 大河は一口食べた三つ目のリングを、この何もわかっていない女の顔に叩き付けたくなった。それを回避したくてあれこれと思い悩んでいるというのに。


 ヘルメットのペイント通り、歌舞伎の見得のような芝居がかった口調でサスケは話し続ける。大河はやっぱりこの女は自分に似ていないと思った。大河は今まで他人にここまで執着した経験は無い。

「私はあなたと走りたい。お金や名誉じゃなく、誰も追いつけない速さの中で、幸せな時を過ごしたい。高校には入ったけど何もない私が、それくらいの幸せを望んではいけませんか?」

 ドーナツショップで三つ貰ったリングを食べ終えた大河は、残りのコーヒーを飲み干して芝生から立ち上がった。虎のペイントが施された自分のヘルメットを手に取りながら言う。

「興味無い」


 サスケはさっきまでの余裕ある仕草を忘れたように、体育座りで身を縮めながら言った。

「どんな走りでもいいんです。亥城アンではなくわたしと走ってください」

 これ以上話を聞く気を無くした大河は、リングの入っていた紙箱を手で潰しながら言う。

「あんたがどんなに速くとも、私の前を走ることは出来ない。それが出来るのはアン先輩だけ」

 サスケは自分の箱の中に残ったリングをいじくりながら言った。

「では、パレードで決めるというのはどうでしょう?」

「パレード?」

 倒していたトラックレーサーを起こし、立ち去ろうとした大河は足を止めた。

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