(43) Sheep

 三台のトラックレーサーが一列に繋がった共同のメッセンジャー達は、大河の視界から消えようとしていた。

 Topressと呼ばれる緊急輸送を邪魔しないのがメッセンジャー同士のマナー。大河を含め、他のメッセンジャーたちはトランシーバーが受信した符丁に従い、素直に道を空けている。

 誰も邪魔するものの無い自転車道を、時々先頭を交代しながら走り続ける黄色いメッセンジャーバッグの集団、皆は自分たちとは能力も荷物の単価も違う奴等を横目で見ながら、自分の仕事を自分のスピードを守りながら粛々とこなしていた。


 基本的に協調性が豊かとはいえないメッセンジャー達の奇妙な従順性。大河もその中の一人だった。対抗や反逆は何の意味も無いし、そんな子供じみた真似をしていては、体力や荷物の到着時間を無駄にするだけ。

 大河がメッセンジャー達の必要性から生まれた秩序に感心しながら、ついさっき胸に湧いた違和感を忘れかけた頃、その調和を乱す奴が現れた。


 列の中から一台のトラックレーサーが飛び出し、自転車道の中では追い越しをする時の走路と暗黙のうちに決められた左端を走っていく。

 尻を持ち上げ、激しいダンシングをしながら共同のメッセンジャーを追うメッセンジャーを、大河の知っていた。

 赤いメッセンジャーバッグ、ネズミ色のジャージ、出来れば知り合いだとは思いたくない奴。

  大河も尻を持ち上げた。目の前で共同のメッセンジャーを追いかけ始めた牛海老ロコを、大河も追う。 

 馬鹿なことをやらかして社の恥を晒すロコを追尾しながら、大河は先ほど胸の中で感じた、痛みのような渇きのようなものが消え去っていくのがわかった。


 相変わらず発進加速だけは立派だが、すぐにスタミナ切れを起こすロコに、大河はあっさり追いつく。横からの体当たりでロコのスピードを殺した。

 涼しい顔で隣に並んだ大河に、悪鬼のような表情をしたロコは叫んだ。

「何しやがる!」

 それはこっちが聞きたいと思いながら、大河はロコに言った。

「馬鹿なことしてんじゃねぇ」

 ロコは一度大河に減速させられたトラックレーサーを再加速させようとするが、体力を使い切った彼女の銀灰色のトラックレーサーはふらふらと不安定な走行をするだけ。

「おめぇ悔しくねーのかよ!」

 大河はロコの被っているヘルメットを見ながら答える。

「別に」

 大河は手書きで赤い虎の描かれたロコのヘルメットを見た。彼女は従順な羊になるのを拒んだ。そんなつまらない意地で仕事に支障をきたしては迷惑もいいとこだと思いながら、金の虎がペイントされた自分のヘルメットに触れた。

 ついさっき消えたと思った胸のざわめきが、また蘇ってきた。


 その後も共同のメッセンジャーを追おうとしているロコを強引に仕事に戻させた大河は、自分の仕事を済ませて昼休憩の時間を迎えた。

 昼食はいつもの代わり映えのしないリング。右舷区画とブリッジの境目にあるドーナツショップで買い、ショップ前の広い緑地で食べる甘くてくどいリングにも、いつのまにか体が慣れ、自然と胃袋が求めるようになってきた。

 特に昼食時間を共有する顔見知りも居ないので、大河は芝生の広場中の適当な場所にトラックレーサーを倒し、座り込んでリングとコーヒーのランチを食べ始める。

 隣にトラックレーサーが倒される気配がした。同じ社の人間かと思って横を見ると、知らない顔のメッセンジャーが三人。


 黄色いメッセンジャーバッグを背負った三人組が、大河の横にやってきた。

「お隣、いいですか?」

 シナモンのリングにかぶりついていた大河が頷いて許可すると、三人のメッセンジャーは隣のスペースに行儀良く座り、リングの紙箱を開け始める。

「先ほどはご協力に感謝します」

 何のことを言っているのか大河にはわからなかった。道を譲ったことか、それともロコのバカな行為を止めたことを言っているのか。

「礼を言われるようなことをした覚えは無いよ」

 大河はそれだけ言って、もう一口リングにかぶりついた。

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