(41) Fight!

 駐車場の予定地か何かなのか、アスファルト敷きの更地に、エアストリームと呼ばれる航空用アルミニウム製の大型キャンピングトレイラーを置いたテイクアウトショップは、今日もジャージ姿の少女たちで賑わっていた。

 この街で暮らし、働く人たちはメッセンジャーだけではないが、安価でボリュームがあるアジアンメニューが中心のテイクアウトフードは、働く女子に相性がいいらしく、人工島右舷区画のメッセンジャーは、仕事を終え学校が控えている夕方に、持ち帰って開けるだけで食べられる紙箱入りのテイクアウトフードで済ませることが多い。

 大河が他のメッセンジャーに聞いた話では、他の区画でも同じような感じらしく、左舷のメッセンジャーはおにぎりとソーセージ、卵焼きを組み合わせた持ち帰り定食で済ませることが多いらしい。


 例外はこの島で活動するメッセンジャーの中でも最速クラスの健脚女子を揃えているブリッジ区画。

 メッセンジャーの中にも存在するヒエラルキーの上位に君臨し、他の区画に比べ面積は狭いが、高単価な重要配送物を取り扱うことの多いブリッジでの仕事は、共同輸送社と言われる黄色いメッセンジャーバッグの集団がほぼ独占していて、厳しい入社試験を通過し、あるいは他区画のメッセンジャーカンパニーから引き抜かれた彼女らは、ブリッジ内のイタリアンレストランから、夕食をデリバリーで届けさせている。パスタが人気らしい。

 皆に共通しているのは、自炊をする気の無い人間が多いということ、ルーズな手入れで酷使に耐えるトラックレーサーに乗って働く女子は、自分自身のメンテナンスにも無頓着な奴ばかりだった。


 ミルはいつも通り列に並び、厨房の役を果たすエアストリーム前に張られた庇の下で注文を受ける女子店員に、日替わり麺の大盛りを注文した。五つと言いかけて四つと言いなおす。

 人目を惹き他人の印象に残る美麗な容姿で、毎日判で押したように日替わりを五つ買っていくミルの、いつもと違うオーダーに、メッセンジャーと同じく働きながら学校に通うテイクアウトショップの女子店員は少し首を傾げたが、すぐ後ろに大河が並んでいるのを見て頷き、ココナッツミルクの香りのする炒麺を、牛丼特盛のスチロール製ケースがそのまま入るほどの紙箱に手早く詰め、袋に入れて渡した。

 ミルの次に順番の回ってきた大河も、日替わりと僅かなアラカルトがあるだけのメニューをざっと見回し、食べ慣れたピラフを注文する。

 おそらく麺と米の違いだけでフレイバーやシーズニングが同じであろうタイ風の炒飯を受け取った大河は、四つの夕飯を手に待っていてくれたミルと一緒に事務所へと帰る。


 ミルは歩き出した途端、話の続きを始める。

「どこまで話したっけ?」

 大河の知っているミルは、自分の話や仕事を把握していないなんてことはありえない。ミルの言葉は大河が話の内容を覚えているかどうかの確認のためのもの。

「家出のところです」

 親か教師が子供に教えるような丁寧さが少し鼻についた大河は、自分の夕食を振り回しながら答えた。弟妹の居る姉というのはそうなりがちなんだろう。 

「うちはね、頑張る一家だったの」


 ファミリードラマのタイトルみたいな家に、この姉妹が拒絶する何かがあった。大河は黙ってミルの話を聞き続けた。

「パパは検事で、ママは保険会社の次長。ずっと勉強を頑張って仕事を頑張って、育児や家事を頑張って、結構いい家に住んでたのよ」

 大河は自分の父がどうだったのか考えた。父は頑張らなくともどこかから湧いてくる金を常に探し回っていて、結果としてそこそこ儲けたが、事業を潰して夜逃げした。債権から遁走する手際も含めて、悪い父親だったとは思っていない。

「パパはいつも私とペペに言ってたの、頑張れ!って、勉強でもスポーツでも何でもいい、遊びだって全力で頑張れば何かを見つけられるって」


 ミルは歩道の横を通る自転車道を見た。島の条例で日没以後のメッセンジャー業務が禁じられた夜の道でも、この島だけに許されているノーブレーキのトラックレーサーが時々走り抜ける。数日前に公道レースをした大河とロコみたいに、どこかに走りに行く連中だろう。

「パパはよくお爺ちゃんの話をしてくれた。勉強も運動も出来なかったお爺ちゃんは、毎日ずっと家の周りをホウキで掃き続けたんだって、そしたら最初は役立たずの穀潰しを見るような目だった近所の人が、少しずつ掃き掃除を真似るようになって、掃除の輪が広がって、やがて全国でも類を見ないほどの相互扶助と治安向上の実績を挙げる町内会を作ったって」

 ミルは顔に貼り付いたような笑顔で大河を見た。たぶん以前のミルは両親自慢の優等生だったんだろう。いい子の顔。

「ね?いい話でしょ?」


 大河は手を伸ばした、四人分が詰まって重そうなテイクアウト袋をミルの手から奪いながら言う。

「そういうのが好きな奴ら同士で勝手にやってろ。ってくらいいい話ですね」

 ミルは笑顔の仮面のまま、あまり品のよくない音を立てて吹き出した。事務所までは徒歩であと数分。ミルは時間を惜しむように話し続ける。

「私は子供の頃から、言われたことは何でも皆と同じくらい出来た気がする。でも、自分でしたいことが何も無かったからみんな途中でやめちゃう。ペペちゃんは出来ることは人よりよく出来たの。でも、出来ないことは全然できない」

 大河には、それは今も変わらないように見えた。だからTopressの仕事を押し付けようと思った。


「先生は、私たちのことを惜しい子、もったいない子と言った。パパとママは、頑張れば出来る子だと言ったの。私たちに何かが見つかれば、私たちがほんのちょっと変われば。出来る子になると」

 空き物件が多く、夜になると暗い歩道で、事務所の灯りが近づいてきた。蛍光灯の光を受けたミルは大河の横に並び、普段の明瞭で快活な声とは違う、消え入りそうな声で言った。

「変わることなんて、出来ないのにねぇ。こういう形でしか生きられないってわかっちゃうと」


 大河にはこの姉妹が恵まれた家を出た理由がわかった気がした。姉や妹を守るためや、イヤなことから逃げるためじゃなく、そうしないと生きられないからこの島にやってきた。

 そして大河は、そんな二人に全力で頑張る仕事をさせようとした。

 二人で事務所の前に着く。大河はシャッター横のドアを開ける前に、ミルに言った。

「ミル姐さんかペペにTopressになってくれたら良かったと思ったんですが。今は頼むのをやめときます。あんたたちが断れないような手段をもう少し考える」

 先に事務所に入ろうとしていたミルは振り返った。大河の言葉に笑顔だけで答える。その顔はさっきの仮面よりもやや不細工な、綺麗な笑顔を作ることを頑張っていない顔だった。

 

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