(30) HotSpot
授業を終えて一端事務所に戻った大河とHotRingsの面々は、各々のトラックレーサーをスタンドから外す。
これから大河とロコがレースを行い、勝ったほうがミルの作ったタイガーペイントのヘルメットを手にする。
決闘にそなえて剣を磨くように、さして整備するところの無いトラックレーサーをいじっているロコの横で、アン先輩や烏丸姉妹がのんびりと夜間走行時に使用するLEDライトを取り付けている。
ロコと勝負をする大河はといえば、先輩達に近い態度だった。新品のヘルメットのためとはいえ面倒な残業が増えた。それもさっさと終わらせれば夜更かしをすることなく眠れるし、翌日からは走っていて緩んだり外れたりしないヘルメットで仕事が出来る。
準備を終えた五人のメッセンジャーは、昼の陽の下では走り慣れた街をゆっくりと流しながら、人工島の右舷にあるコンテナヤードへと向かった。
十五分ほどで到着したヤードには、既に何人かのメッセンジャーが居た。
日没後のメッセンジャー業務が禁じられているこの島では、日が暮れた後に仕事以外の用でトラックレーサーに乗っていると、すぐに警官や治安業務をアウトソーシングされている警備会社の人間から呼び止められ、いらぬ時間を浪費させられる。
そこで昼の仕事だけでは走り足りない連中は、この地権者から半ば放棄されたコンテナヤードのような閉鎖された私有地に集まってはレースやパフォーマンスランを繰り返している。
この島の道路を闘技場に日々競っているメッセンジャーの野良試合が行われる場は、メッセンジャーたちの間ではホットスポットと言われ、同様のスポットは島の右舷地区のみならず左舷や船首、船尾にも幾つかある。島の中心部となるブリッジ部分では、役所支所と商工施設を囲うイルカ通りと呼ばれる環状道路で、夜間の通行禁止時間を利用した周回レースが行われているらしい。
他のメッセンジャーカンパニーがこのコンテナヤードで行っているレースに呼ばれているという烏丸ペペが、大河の前にやってきて、腕に触れながら言った。
「大河ちゃん、負けないで」
大河は欠伸をしながら、ペペの双頭の蛇がペイントされたヘルメットをポンと叩いて言う。
「冗談?私があいつに負けるなんてありえない」
ペペは大河を見上げた。両目を細めて目じりを震えさせ、首を傾けて片方の瞼を押しつぶすように閉じる。どうやらウインクしたらしい。
メッセンジャーとしての速さはアン先輩と姉のミルに次ぐ三番手ながら、繊細なところがあるペペは、体格は小さい者同士似通っていながら大雑把な性格ゆえ仲の悪いロコには、親指を突き下げる仕草をしてから自分のトラックレーサーで走り去る。
コンテナヤードを仕切っているらしき他社のメッセンジャーのところまで行っていたミルが帰って来た。誰がどこを使うかは早い者勝ちだが、今日は幸い空いているらしく、大河とロコのレースのため、ヤードの海沿いの部分を使わせてくれるという。
用途を終えてリサイクル鉄としての再利用のため在庫されているが、その前に海風で朽ち果てそうなコンテナが不規則に並べられた一角が、大河とロコの決闘場になる。
ミルは単純明快に、フェンスで仕切られた区画の外周を回るコースに決める、複雑なルートにしても、大河はともかくロコが覚えられるとは思えない。
四角い区画といっても直線だけの組み合わせでは無く、途中のあちこちでフェンスに沿うように置かれたコンテナや重機が邪魔をするコース。勝負の前に大河とロコは、交互にコースを走って下見するレッキ走行をすることとなった。
ロコは下見という目的を半ば忘れ、ほぼ全力に近い速度でトラックレーサーを漕いでレッキを終える。大河の番が回ってきた。大河はトラックレーサーをコンテナに立てかけ、この島のメッセンジャーの間で自転車用に使われている高校の体育館履きの紐を結び直した後、自分の足でコースを走り出した。
レッキで無駄な全力走行をしたロコは、せっかくさっきのウォーミングアップで一度暖まった自分の腿を叩きながら文句を言ったが、大河は構わずランニングでコースを下見する。陸上部時代もそうだった。アン先輩から教えられたこと。
自分の足で走ると結構時間のかかる一〇〇〇mほどのコースを走り終えた大河は、自分の青いトラックレーサーに跨って、アン先輩に言った。
「いつでもいいですよ」
ミルがスマホの時計を見ながら言う。
「じゃあレースは三周ね。あんまり長いこと走って帰りが遅くなっちゃいけないからね」
さっきから待ちきれない様子のロコが、スタートラインにちょうどいいスチールの蓋のついた排水溝の前にトラックレーサーを付ける。
「さっさとしろ」
大河はロコが指差した隣の位置に自分のトラックレーサーを持ってきた。
アン先輩がスタートフラッグ替りに指笛を鳴らす。この原始的な合図はメッセンジャーの間で、お巡りの取り締まり等の危機を知らせる時や、急ぎの荷物のため道を空けて欲しい時、また単に威嚇の時に使われている。
夜に口笛を吹くと親の死に目に会えないと言われているらしいが、事情があって普通の高校に行けなかった定時制の学生がほとんどを占めるメッセンジャー。死に目にはもう会っているか会いたくも無い人間のほうが多い。
速度が乗るとパワーロスが無いためロードレーサーよりも速いが、最初の一漕ぎの重いトラックレーサーのペダルを体重をかけて踏み下ろす大河、その横からロコのトラックレーサーが飛び出した。
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